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「ルノワール? モデルになった女だったら知ってるよ。絵の具の匂いがしたなぁ…」
戦時中、連合国軍は例え敵国であってもその文化財だけは攻撃目標から外した――。
ひと昔前、そんな“神話”がまかり通っていた。例えば京都や姫路城。現実には京都は最終段階まで原爆投下の候補地であったし、大戦中、御所などが実に20回以上の空襲に遭っている。この時の死者302人、負傷者561人。
姫路城も爆撃を受けたが多くが不発弾であったため、奇跡的に焼け残った。「世界遺産」の観念など無かった時代だ。こうした日本の貴重な文化財が現存しているのは、単に「運が良かった」からとしかいいようがない。
もうひとつの例がドイツのドレスデン“無差別爆撃”である。特に軍事上の要地でもなく、欧州でも屈指の美しい街として知られていたドレスデンは、その8割以上が米英の爆撃によって破壊され、少なくとも3万人以上の市民が死亡した。
戦争に正義などない。あるのは征服と殺戮のみ…。
しかし、戦火の中自国の「文化財」を命がけで守った人たちもいる。京都や姫路で空襲時に必死で消火にあたった市民。そして、今回取り上げる映画『大列車作戦』に登場するパリのレジスタンスたちも同様である。
この映画は戦時中の実話を基に書かれた小説『美術戦線』が原作となっている。作者のローズ・ヴァランはルーブル美術館の別館であったジュ・ド・ボーム美術館の元館長。
ジュ・ド・ボーム美術館は、戦後すぐ展示品がオルセー美術館に移され、現在は閉館になっているが、コレクションのほとんどはモネ・マネ・ゴーギャン・ゴッホ・ルノワールといった印象派の絵画だった。
映画は、この美術館の収蔵品をドイツに運び出そうとするドイツ将校と、それを阻止しようとするレジスタンスの鉄道員を軸に描かれる。
それだけなら、よくある戦争アクション映画で終わったのだろうが、この映画のポイントは、奪う側の将校が絵画に精通した美術愛好家であり、守る側のレジスタンスが、芸術にはほとんど関心のない労働者たちであるという設定。さらに、ドイツ将校がフランス占領中にこれらの絵画を暗に戦火や略奪から「守ってきた」という皮肉(画家志望だったヒトラーは、写実主義こそ絵画のあるべき姿と信じており、その他の絵画、特にキュビズムなどの抽象画を毛嫌いしていた)。
冒頭の一文は、機関士役のミッシェル・シモンが語る印象的なセリフだ。無学・無教養な彼も、「絵画はフランスの魂であり、宝だ」と説得され、英軍の空襲から絵画を守りきった後、列車の進行を遅らせたことで無惨に射殺される。
ランカスター演じる主人公の操車管区長は、当初「どんな名画であっても、絵画の価値が人命より重いはずがない」と考えていた。
しかし、“国の宝”を守るために築かれていく死体の山。老人から子供まで、登場人物の大半が情け容赦なく命を奪われていく。なぜ? 何のために?映画のラストで、絵画輸送に失敗したドイツ将校が叫ぶ。「お前は勝ったつもりか? 豚どもに芸術は解るまい。芸術とはそれを真に理解する者のためにあるのだ」。
さて、芸術を理解する人と無関心な人。芸術とは誰のためにあるのだろうか。答えを出すのは難しいが、多くの文化財が、実はこの双方の協力によって守られてきたというのも事実。
つまり、何かについて、大多数が共通の価値観としてその存在を認めたならば、それを無条件に大切にしていくのがコミュニティーの本質であるということ。それは「国家とは何か」という問いに対する答えでもある。
芸術であれ、スポーツであれ、価値観の共有がなければ、しょせん国家など実態のないもの、いわば“集団幻想”に過ぎないからである。
フランスのレジスタンスや京都市民が命がけで守ったもの、それは「文化財」という形を借りた、自分たちの「国家」そのものだったということ。
それがこのハリウッド製アクション大作に“隠されたテーマ”なのではないだろうか。
ドイツ将校を演じるのがイギリスのシェークスピア俳優で、『我が命つきるとも』でオスカーを受賞した名優ポール・スコフィールドであり、かたやレジスタンス側のリーダーを演じるのがハリウッド・スターのバート・ランカスターという、実にアメリカ映画らしい無国籍テイストな配役なのだが、それをカバーするため?か、ジャンヌ・モローとミッシェル・シモンというフランス臭プンプンの俳優を脇に配している。
フランス国鉄が全面的に協力しているため、爆破される車両もレールもすべて本物。但し、これはレールの新規敷設を計画していた国鉄側が、タダで旧施設を爆破してくれるということで、喜んで許可したという話(フランケンハイマー監督の談話から)。
ハリウッドの鬼才、ジョン・フランケンハイマー監督(1930〜2002)は、鉄道レジスタンスを描いたフランスの名匠ルネ・クレマン(1913〜1996)の傑作『鉄路の闘い』に影響を受けていたのではないか。モノクロで、ドキュメンタリー調に描く手法にその影響が感じられる。なお、クレマン監督も“本家”の存在感を示すように、66年に同じ手法で傑作『パリは燃えているか』を完成させている。
フランケンハイマー監督はまた、“乗り物好き”でもある。後年の傑作『グラン・プリ』ではF1カー、『さすらいの大空』で飛行機、『ホースメン』で馬、『ブラック・サンデー』では飛行船をドラマの中心に据えている。晩年の『RONIN』でもド派手なカーチェイスで気を吐いている。
ちなみに『大列車作戦』も陰の主役は蒸気機関車。ローアングルを多用することで、重みと躍動感を出し、列車が巨大な生き物に思えるほどの迫力。