前編・コスパこそすべて

 テクノロジーは日々進歩するのだから新しいものの方がいいに決まっている。そう思うのは当然だ。しかし、今もなお古い車に乗り、古いオーディオ機器を楽しみ、銀塩カメラを収集する人がいる。彼らにとっての価値観は「古い」とか「新しい」ではない。「それを使い続けたいか」「いつまでも残しておきたいか」ということのみだ。モノの価値は機能だけで決まるわけではない。“アラカン”では古いものや考え方にある種の普遍性を見いだすことと、それを積極的に楽しむ人たちを指して“旺盛復古”と呼ぶことにした。

 オーディオが廃れて久しい。ステレオ関連商品は、かつて日本家電産業の王道を歩んでいた。レコードプレーヤー、アンプ、チューナー、カセットデッキ、スピーカー。50〜60年代の国産オーディオ創世記には、それらが一体となった家具調のステレオが好まれた。“アラカン”世代の多くが最初に親しんだのはこのセパレート型であろう。オーディオ製品が家電のトレンドになった70年代には、多くの若者がステレオ上級者をめざし、せっせとアルバイトして単品を買い揃え、コンポーネントステレオを揃えるようになった。

 そんな時代に、ステレオ機器購入の手引きとして登場したのがオーディオ関連雑誌やFM雑誌のオーディオコーナーである。こうした雑誌はたいてい広告主であるメーカーのご機嫌を損ねないように、どんな商品でもけなすようなことはしなかったが、そのせいで「音の鮮度が良い」とか「粒立ちが云々」といった抽象的な表現に終始することも少なくなかった(今でもそうだが)。また、為替差額と関税のおかげで国産より遙かに高額で売られていた海外製品ばかりを手放しで褒める傾向もあり、なけなしの小遣いの範囲で選択しなければならない一般サラリーマンや学生にとって、こうした評論が必ずしも役に立つとは言い難かった。

 そんな中でひときわ異彩を放っていたのが故・長岡鉄男氏だった。長岡氏が製品を判断する基準は他の評論家とは一線を画しており、まず叩いて“泣き”を見る。さらに持ち上げて重さを量る。つまり、基本構造と強度を確認する。さらに分解してパーツの質も確かめる。例えばボリュームが大量生産品かアルミの削り出しか、コンデンサーが汎用品か高級品か、スピーカーの板厚は何ミリか、四隅に補強材を使っているか等々…。

 そうやって隅々まで調べ上げたあとでの、最終的な評価判断は価格だ。「どんなに優れた製品でも、一般のサラリーマンの給料で買えないようなものは意味がない」というのが長岡氏の最も重視した評論哲学であった。

 それゆえ、必然的に割高な海外製品よりも、国産の良心的な製品が主な対象になった。例えミニコンポのスピーカーでも良いものは良いと手放しでほめ、メーカーが最もプッシュしたい製品でも価格に見合わないと見れば容赦なく切り捨てる。恐らく、メーカーや関係者にとっては「最も警戒すべき」評論家だったに違いない。

 そんな長岡氏の姿勢に共感するオーディオファンはあとを絶たず、やがて「長岡信者」「長岡教徒」と呼ばれるようになる。長岡氏の推薦した機器以外は買わず、レコードも長岡氏の推薦盤を買いそろえ、長岡氏愛用の機器をリファレンスとし、ケーブルなどアクセサリーまで長岡氏の使っているものを真似した。

 加えて長岡氏にはオーディオ評論家としての枠を超えたもうひとつの顔があった。それは「自作スピーカー」の設計者だ。しかも、その大半は業界では「構造が複雑な割に音が悪い」とされてきたバックロードホーンであった。

 上の写真は、代表作であるバックロードホーン「スーパースワン」を並べて正座する、かつての長岡氏である。また、YOU TUBEの映像は、現在のマニアが自作したらしい、進化したスーパースワンの映像。

 スーパースワンのスワンとは白鳥のことであり、長岡氏は構造上、ユニークな形になった自作スピーカーにそれぞれふさわしい名前をつけた。ネッシー、フラミンゴ、コブラ、ダック、ヒドラ、ケムンパス…。

 これらのスピーカーは、時に設計通り自作したファンから「音が悪い」「メーカー製の安物よりずっと劣る」などと強烈なクレームをつけられることもあった。しかし、長岡氏が取り組んだのはメーカー製のような「万人受けする再生音」ではなく、メーカー製では再現できない「個性的な音」だった。つまり、自作スピーカーの制作で長岡氏が伝えたかったのは、「自分だけの音を自分で作り出す楽しさ」であり、それがオーディオの醍醐味だという思いではなかっただろうか。 <次回へ続く>