第一章〜秋深し

 季節ごとにテーマを決め、ゆったりしたスケジュールで古都を歩く。日本の原風景を求めて…。そんな旅こそ“アラカン世代”にふさわしいのではないだろうか。第1回目は、歌人・吉井勇がこよなく愛し、晩年に居を構えた京の都を訪ねる晩秋の旅。旅のお供は、妙齢の“優しき伴侶”が見つからなかったので、カメラ素人にも“優しい伴侶”今流行のミラーレス一眼を選ばせていただいた。

「例年並み」の「例年」って…

 2012年、今年の秋はまったくの計算違いだった。いっぱしの“京都通”を自負する私だが、そこに油断があったのだろう。ここ数年、暖冬が続いて紅葉の見頃といえば11月末から12月初旬というのが定番だった。ところが今年は、夏が長かったせいか秋の足音が思いの外早く聞こえ始め、寒暖の変化が激しかったおかげで「例年にない見事な色づき」にはなったのだが、その分、例年より散るのが早かったのである。

 ところがこっちはすっかり「例年並み」のつもりで12月4〜6日で予定を立てていたから大変だ。このままではなけなしの小遣いで買った一眼レフが無駄になる。枯葉だらけの庭を撮りまくったところで、それを“枯淡の美”に昇華する腕があるわけでもない。11月も後半になって、テレビで京都の映像が流される度に、来る日も来る日もインターネットの「紅葉情報」をチェックしては、ため息をつくばかり。

 出発の前日チェックすると、秋には必ず訪れていたお気に入りの「源光庵」や「光悦寺」はすでに“落葉”の表示。今回はそちらをメーンに据えようと考えていたから計画は総崩れ。あわてて他の名所を探したら岩倉の実相院や蓮華寺は「まだ間に合う」との事。「どうか散らないように」と願いながら羽田空港へ向かった。

 京都までなら新幹線「のぞみ」を使う方が便利という人も多いとは思うが、最近の私は新幹線より飛行機を使う回数が多くなった。最大の理由はコストパフォーマンス。トップシーズンなのに2泊3日でホテル代(シングル・朝食付き)込み24,000円だ。羽田までは近所からリムジンバス(900円)に乗れるし、伊丹から京都行きのバス(1,280円)も本数が多くてアクセスが良い。何より、車窓からの眺めが楽しい。伊丹からのバスだと、高速に乗って間もなく左手に「太陽の塔」が拝めるのだ。これは万博世代にはたまらない。

 京都駅につくやいなや、すぐさま予約していたレンタカーに飛び乗り、カーナビを「実相院」にセットする。この際岩倉具視も狩野派の名画も関係ない。紅葉はどうだ? 撮影はできるのか?

←実相院の紅葉はほぼ終わり。代わりにこんな絵を撮ってきました。ダメでしょうか?

 期待と不安半々で門をくぐった実相院の庭は、まぁ、紅葉全滅とまでは言わないが、ちと絵にはなりにくい。名物の「床紅葉」も見られず、どうにも中途半端な状態だ。庭に罪はないのだが、ご本尊を見ることもなく早々と諦めて車に乗る。岩倉さん、ご免なさい。かつて500円札に刷られていた、あのいかめしい肖像を思い出す。

ゆったりした旅のつもりが

 ゆったりのんびり、それが「古都逍遙」を始める際のポリシーだったのだが、さすがに季節を感じさせる写真が1枚もないのでは話にならない。午後には嵐山にも行く予定があるからどうしても急ぎ足になる。そんなわけで車は一路、蓮華寺へ。

 蓮華寺では、門前で若い僧侶が観光客のご婦人方と何か話している。「ええ。タイミングというのもありますので…」。どうやら紅葉のことらしい。ああ、ここもダメか。確かに門の中は一面の落葉。かといって折角来たのに引き返すのも悔しい。

上2枚は蓮華寺、下2枚は曼殊院。POPモードで鮮やかな色になっているが、実際はもう少しくすんだ色だった→

 しかし、書院に入った瞬間に目を奪われた。かろうじて、ではあるがここはまだ鮮やかな色が残っている。落ちモミジの色もまだ赤い。とりあえず間に合った。やれやれ…。ところが、いざシャッターを切ると、肉眼のイメージよりも色がくすんで見える。いくら露出を調整しても結果は同じ。買ったばかりのカメラでまだまだ機能のすべてを理解してはいなかったのだが、タッチパネルをいろいろといじっているうちに、突然くすんだ紅葉が鮮やかな色に変わった。何じゃこりゃ?

 LUMIXの場合、撮影モード→マイカラー→POPという手順でセットするとかなり色を強調してくれるようだ。CANONの「紅葉モード」にも近いが、発色がかなり極端で、全体にアートっぽくなり過ぎるのが欠点か。しかし、今回の撮影ではこれがハマった。まぁ、本職のカメラマンにすれば“禁じ手”だとは思うが。

 なんとかかんとか「それなり」の晩秋は表現できたのではないか。そんな安心感からか、今度はゆっくり庭を眺めようという気になってきた。断っておくが、鑑賞などどと言えるほど日本庭園に詳しいわけではない。それにしても、さっきの実相院でのあわてぶりとは大違いだ。

 池泉には立派な石が並ぶ。左から彼岸へと向かう舟石、鶴石、亀島。亀島の奥には蓬莱山を擬した岩組がある。池の水は湧き水で澄んでおり、鯉が悠然と泳いでいる。作者は不明だが、バランスのとれた庭だと思う。

 帰り際に門前の若い僧侶にそんな話をしたら、実はオフシーズンの時に団体で来る観光客が結構いるのだという。そういう団体は、大抵の場合造園業の人たちなのだとか。「長野や山梨の方が多いんですけど、新しい庭を造る際にも京都の古い庭が参考になるみたいですよ」

 本日のラストは曼殊院。庭は国指定の名勝だ。名庭というのは四季それぞれの味わいに加えて、枝の伸び具合や石の洗われ方、苔の生え具合に至るまで、100年、200年後の姿を想定して設計してあるらしい。そういう意味では、今京都を訪れる私達は最も理想に近い状態で庭を観賞していることになる。実にありがたい話ではないか。<第二章へ>