第ニ章:浮かれ柳は風まかせ〜岡山城・後楽園・倉敷美観地区

中洲にある城と庭

 岡山市と言えば、やっぱり日本三名園のひとつ岡山後楽園と、“烏城(うじょう)”とも呼ばれる漆黒の岡山城が有名ですよね。全国的に有名な観光地が2つもある街って、なかなかないですよね。これに加えて鬼退治の桃太郎伝説まであるのだから、まさに怖いものなし?

 地図で見ると、東京ドーム3個分という広大な岡山後楽園の敷地は、そのまま旭川の中にある巨大な三角州であることがわかります。この後楽園と月見橋一本で繋がっている岡山城本丸がやはりほぼ中洲状態で、築城の際に、東側の旭川を天然の堀に見立てていたことも推測できます。

 さらに城の古地図を見ると、今の城下筋に内堀、柳川筋に二十日間で掘ったという二十日堀(外堀)があって、さらにその西側には現在緑道公園となっている西川用水まであったわけですから、東側と北・南側は天然の要害、西の市街地側は堀による二重、三重の防御態勢になっていたことがわかります。

 そんな事を言うと、まるで私がお城マニアみたいですけど、以前、江戸城にあったお堀がそのまま今の内堀通り、外堀通りだって聞いたことがあったので、古い城下町って、町の名前とか通りの名前に、お城の名残が結構そのまま残っているんじゃないかと思うんです。岡山でも「丸の内」なんていう地名は東京と同じだし(ちなみに赤坂、京橋、神田、田町等々もあります)、「弓之町」なんかいかにも城下町らしい地名。

 そういえば、岡山では南北の大通りを「◯◯筋」って呼んでいますけど、これは大阪や神戸でも同じですよね。御堂筋とか、心斎橋筋とか。私を含めて仕事や学校の関係で関東から関西に移った人は大抵、その呼び方に違和感を覚えるのですが…。

←写真上から岡山市民の足・岡山電気軌道(通称おかでん)、岡山城天守、岡山城廊下門、天守からの眺め

 でも、本当は「筋」というのは南北の道路に限った意味ではなくて、正しくは「通とは町そのもので、筋はある場所へ向かう道のり」という区別があるのだそうです。だから、同じ関西圏でも京都では東西南北で「通」が使われています。もっとも京都の場合、昔は道幅によって「大路」「小路」って呼んでいたみたいですけど。

月見橋にちょっと不満…

 あ、そんな細かいウンチクはさておき、岡山駅から岡山城・後楽園までのアクセスですが、元気な方なら徒歩でもいける距離。そうでない方ならタクシーで数分。でも、できれば昔懐かしい路面電車で行きたいですよね。その方が風情があるじゃないですか。

 路面電車の会社名は岡山電気軌道。ずいぶんレトロな名前ですよね。駅前から乗ると東山線と清輝橋線と2線あるから注意してくださいね。お城方面は東山線で3つめ、城下電停で降ります(約5分、100円)。一旦地下道に入りますが、まっすぐテクテク歩いていけばすぐに旭川が見えてきて、やがて漆黒の天守が見えてきます(だいたい7〜8分)。

 この天守なんですけど、黒と金のコントラストなんて結構渋いセンスですよね。信長の安土城や秀吉の大阪城もそうだったらしいので、真似した?っていう説もあるようですが…。この場所、もともと旭川の中洲に小高い丘が連なっていたので、これは守りに絶好の土地だと思って最初に「石山」という丘に城を作ったのが戦国大名の宇喜多直家。その子供でイケメン大名として名高い秀家が、その隣の丘である「岡山」に本丸を設けたのが地名の由来なんだとか。その後の小早川秀秋とかのエピソードは皆さんのほうがよくご存知だと思うので、ここでは省略しますね。

 岡山城は戦前には国宝だったのですが、天守を含め、お城のほとんどが空襲で焼けてしまったので、現在の城閣は再建されたもの。だから天守内部も近代的で、エレベーターで昇り降りできて楽ちんです。彦根城とか松山城みたいに昔からずっと残っている天守もありますけど、あれって階段が物凄く急なのでお年寄りなんかには危ないですよね。若いコでも、ミニスカなんか履いていたら違う意味で危ないし。

 お城をひと通り見学したあとで、旭川にかかる橋を渡って後楽園へ。この橋、月見橋っていうんですけど、電車用の橋みたいな鉄橋で、名前と違って風情もなんにもないんですよ。なんでこんな橋にしちゃったのかなぁって思って後で調べたら、やっぱり地元でも不評みたい。和風の橋に架け変えようっていう運動もあるみたいですよ。

       写真上から後楽園から望む岡山城天守、後楽園内「慈眼堂」の巨石→

庭というより公園?

 で、後楽園の印象ですが、一言で言って「凄く広い」。そして「お庭というより公園みたい」。でも、それってあながち間違いではないんですよ。確かに中心部の芝生の面積が圧倒的に広くて、茫洋とした感じなのですが、もともと芝生の部分にはこの庭を作らせた藩主・池田綱政の意向で田んぼや畑があったんですって。もしかしたら、綱政公がイメージしていたのは深山渓谷というより日本の原風景というか、どこにでもある里山の風景だったのかも。それはそれでなかなか粋な気がします。しかも、家臣や領民まで招いて能や宴会をやったり、災害時には避難所として指定していたらしいから、ますます公園チックですよね。

 結局、田畑の部分は維持費が掛かり過ぎるということで芝生に変わったらしいのですが、それが太平洋戦争時に食糧難から一事イモ畑になって復活したというのだから皮肉ですよね。その後空襲で大半が焼け、戦後には進駐軍のプールまで作られていたというのですから、後楽園には受難の時代が長かったようです。

 でも、後楽園は広大な面積を誇る分、そのエリアによって全然眺めも印象も違うので、一日かけてゆっくり回れば、いろんな発見があると思いますよ。同じように広大な金沢の兼六園と違うのは、いい意味で緊張感が薄いこと。この開放感というかノンビリ感というのは、岡山の空気そのものなんじゃないかなぁ。

空襲を免れた幸運

 さて、今度は所を変えて岡山駅からJR山陽線で10〜15分、一大メジャー観光地・倉敷です。前にも言いましたけど、宝塚時代にも訪れた街。美観地区は倉敷駅から少し離れていますけど、もともとは倉敷川という運河を中心に発展した街なので、本来こちらが市街地の中心だったんですね。今は駅の周辺とか、北側に大きな商業施設がたくさんできて、美観地区は完全に独立した観光の街になっていますけど…。

 倉敷美観地区の成り立ちは「アラカン」で以前紹介していた佐原や栃木によく似ています。かつては物流といえば舟運が主役で、川を中心に製造業(倉敷の場合は紡績)や物流倉庫、酒蔵、飲食店、小売店、旅館などさまざまな商業施設が隆盛を誇っていましたが、時代の流れの中で鉄道や車が主役になると次第に機能を失って、かつての繁栄した姿だけがそのまま取り残されるというパターンだったようです。でも、本当はそれからが大変で、美しい街並みを維持することって、住民や行政が一丸となって取り組まないと、本当に難しいと思います。

←上からくらしき川舟流しの動画(1〜2)、倉敷アイビースクエア、倉敷川の“アイドル”たち

 その点倉敷は全国でも最も成功した例なんじゃないでしょうか。空襲を免れたことも幸運でした。大原孫三郎という街のリーダーが残した大原美術館のような文化遺産、アイビースクエア(旧旧倉敷紡績工場)のような産業遺産も倉敷の“格”を高めていますよね。

 今回は違う視点から街を眺めてみたくて「くらしき川舟流し」に乗ってみました。ビデオに録画したので、気分だけでも味わってくださいね。川に沿って植えられた柳の木が素敵でしょ。ユーミンの「卒業写真」とか「柳よ泣いておくれ」なんてジャズのスタンダードがありますけど、風にそよぐ柳って感情を持っていて、本当に何か話しかけてくるみたい。もっとも私の場合「泣いておくれ」って言うよりも、観光気分ではしゃいでいる私自身が「浮かれ柳」って感じですけどね (^_^;)

 でもそれとは別に「柳に風」っていう言葉、結構好きだなぁ。どんなに圧力を受けてもしなやかにやり過ごして、決して自分の信念を曲げない。普通に暮らしていても、いろんな対立とか軋轢ってあるじゃないですか。それにいちいち腹を立てて正面からぶつかっても、互いに嫌な思いが残るだけ。だったら「柳に風」で嫌味のないように受け流した方が絶対にいいに決まってるけど、現実にはなかなかそうはいかないんですよねぇ。

猫と白鳥と紫陽花と

 話を元に戻して美観地区の街並みについて。全体の印象は全回訪れた時とさほど変わらなかったのですが、デニム製品を始めとした商業施設やお洒落なカフェ、レストランが増えて、どんどん洗練されていく感じ。メインの川端から路地裏に至るまでまったく“隙がない”というか、どんどん完成度が高くなっているような…。街全体が良くも悪くもテーマパーク化しているような感じがします。欲を言えば、もう少し生活感とか、そこに暮らす人の息吹みたいなものがあってもいいような気もします。

 それにしても、昔の日本の街って、当時訪れた多くの外国人が絶賛しているように、当たり前のように綺麗だったんだろうなって思います。それを普通に残してこられなかったのは、今考えると凄く残念ですよね。岡山城・後楽園とここ倉敷の大きな違いは、奇跡的にほぼそのまま残った風景と、一度破壊されて再現しなければならなかった風景の違いかも。だから、岡山城・後楽園がかつての姿を本当に取り戻すには、やはりそれなりの時間が必要なのかもしれません。味とか趣っていうのは、少しづつ風化していく過程でできてくるものなんですね。

写真上から倉敷の風景を彩る美しいなまこ壁、中橋から倉敷川を望む、早咲きの紫陽花→

 そんなことをあれこれと考えて歩く帰り道、“倉敷川のアイドル”、白鳥さんが何気なく野良猫と触れ合っている風景を目にしました。互いに干渉するわけでもなく、かといって離れるわけでもなく…。ああ、このほのぼの感がやっぱり岡山だなぁ。その傍らには早咲きの紫陽花が。初夏の青空もそろそ見納め。もうすぐ梅雨の季節になるんですね。明日は東京へ帰るけど、忙しい日々が続いても、きょうこの時に感じた何かを忘れずにいたいな…。
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