第一章:レトロビルでお茶を〜珈琲三都物語

 季節ごとにテーマを決め、ゆったりしたスケジュールで古都を歩く。日本の原風景を求めて…。そんな旅こそ“アラカン世代”にふさわしいのではないだろうか。第13回目は、先日宝塚オールスターキャストによる公演『Super Gift!』出演を終えたばかりの華月由舞さんが案内する初秋の大阪・京都・神戸。

『Super Gift!』で充実の日々

 お久しぶりです。華月由舞(はなづき・ゆま)です。梅田芸術劇場10週年記念公演『Super Gift!』出演のためアラカンのレポートをお休みしていました。8月からリハーサルを重ねて、9月12日〜27日が東京公演、10月3日〜8日が大阪公演と、息をつく間もない日程でしたが、なんとか無事に終えることができました。応援して下さった皆様、ありがとうございました。

 宝塚で一時代を築いたスターの皆さんが一堂に出演する舞台ということで、その一員に加えていただいたことはとても光栄で嬉しかったのですが、その分、演出のレベルも通常の舞台より格段にグレードアップしており、私たちに対する要求も厳しいものでした。

 8月の稽古中は毎日家と稽古場の往復で、暑さと振り付けの複雑さ、ハードさで頭も体もオーバーヒート寸前。それでも何とか乗り切れたのは、優しい先輩方と同期の仲間達、スタッフさんたちがいてくれたから。目の回るような日々の連続とすべての力を絞り切る感覚、そしてチームの一体感…。あまりの充実ぶりに、つかの間現役時代に戻ったような幸福感の連続。

 それが千秋楽を終えて、キャストやスタッフさんたちと離れ離れになってしまうと、何か心に穴が空いたようで…。そして、その喪失感と共に襲ってきたのが体の痛み。普段使わないような筋肉まで酷使したせいで、体のあちこちが痛むのと同時に、全身が重くてだるい状態がいまだに続いています。やっぱり10代、20代のようにはいきませんね。

 そんな中、少しの休養を挟んで再開したアラカンのレポート。編集長は「公演明けで華月さんも疲れているだろうから、負担の少ないスケジュールを組んでみたよ。今回は大阪、京都、神戸それぞれのレトロビルとカフェを訪ねる珈琲三都物語と、ご利益目当てで巡る京都がテーマだ。街歩きがほとんどだから、まぁ、のんびり取材してよ」

 街歩きに大好きなコーヒーかぁ♪ なんてちょっと浮かれてスケジュールを見たら、相変わらずの分刻み。しかも、有名なレトロビルの写真を全部撮ってこいって書いてある…。それに万博記念公園とか、結構遠くまで行くじゃない。あ〜、世の中に楽な仕事ってないのね…。今回も頑張らないと。あっ、そうそう、舞台の関係で髪の色が少し?いつもと変わっていますけど、気にしないでくださいね。

「大大阪」時代の遺産

 そんなわけで三都物語のスタート。まずは梅田公演の余韻冷めやらぬ大阪から。大阪って言えば、江戸時代から「天下の台所」と呼ばれて日本経済の中心だったことは、みなさんもご存知ですよね。特に上町・天満・堂島・中之島・船場・島之内・堀江・下船場といったエリアが、その頃から現在に至るまで、金融や物流の舞台となってきました。

 今回取材したのは、地下鉄北浜駅を降りて、大阪取引所周辺から堺筋を南下するコース。北浜1丁目から平野町1丁目あたりまでの、ゆっくり歩いても30分ぐらいで回れる距離ですが、このエリアだけでも個性的なレトロビルがたくさんあるんです。

写真上から新井ビル「五感」入り口、1〜2階の吹き抜け部分、カラフルなスイーツ選びに悩む私 ♪ →

 それでは地図の順番に紹介しますね。

 ① 北浜レトロビルヂング…明治45年(1912)に株の仲買業を営む会社の社屋として建造。平成9年(1997)に英国紅茶とスイーツの店としてリニューアル。両隣の近代的なビルと比べると、大人に挟まれた子供みたい。でも、ちゃんと自己主張してる。中之島公園(川側)から見ると可愛いポットの看板が印象的です。アフタヌーンティーセットがおすすめ。

 ② 三井住友銀行大阪中央支店…昭和11年(1936)竣工。江戸時代に高麗橋3丁目にあった三井大坂両替店が前身という由緒正しい銀行ビル。往時の財力を物語るような、贅を極めたギリシャ神殿風の新古典主義建築です。

 ③ 旧小西家住宅…ビルではありませんが、他のビルと同様、国の重要文化財です。明治36年(1903)竣工の巨大な町家建築。個人宅と同時に現在のコニシ株式会社の前身、小西儀助商店の本店でもありました。コニシって言うとイマイチ馴染みがありませんが、接着剤のボンドって言えば誰でも知っていますよね。最初は製薬を主体に「小西屋」として開業し、戦後になって「ボンド」が接着剤のトップブランドになりました。「アサヒビール」を初めて製造したのもこの会社なんですよ。サントリーの創業者、鳥井信治郎はこちらの店で丁稚奉公をしていたそうです。内部は自由に見学できます。

 ④ 生駒ビルヂング…昭和5年(1930)竣工、生駒時計店の本社ビルとして建てられたアールデコ建築。大阪大空襲にも阪神淡路大震災にも耐えたコンクリート造りですが、丈夫な理由は、直径6寸5分の松丸太(基礎杭)を493本も打ち込んだからだとか。鷲の石像やステンドグラスや時計塔など、近くで見ると新しい発見があり、いちいちお洒落なんですよ。

 ⑤ 新井ビル…大正11年(1922)竣工、もとは報徳銀行大阪支店。その後新井証券本社となり、平成17年(2005)に洋菓子の「五感」北浜本館としてオープン。関西のスイーツ好きなら誰でも知っているお店ですよね。1階が店舗、2階がカフェになっていますが、中央部分はいかにも銀行建築らしい吹き抜けになっています。カフェでケーキを注文すると見本を持ってきてくれるのですが、みんな美味しそうで、思わず真剣に悩んでしまいました。

 ⑥ 高麗橋野村ビル…昭和2年(1927)竣工、大阪瓦斯ビルヂングと同じ安井武雄の設計。当時としては珍しい鉄筋コンクリート造りで、5階までと6、7階の外観が違うのは、戦後に増築されたから。1階にサンマルクが入っているので気軽に入ることができます。

 ⑦ 青山ビル…大正10年(1921)に個人の邸宅として建てられたもの。スパニッシュ風建築ということですが、全体を覆う蔦(甲子園から株分けしたもの)のせいで外観の細かい意匠は良くわかりません。1階部分は喫茶店(丸福珈琲〜渋谷珈琲〜現在は桜屋珈琲館)になっていて、往時を偲ばせるエントランスを見ることができます。桜屋珈琲館はオープン仕立てのホヤホヤですが、サイフォンで淹れてくれる一杯は量もお得で美味しいですよ。

←写真上から青山ビルのエントランス部分、桜屋珈琲館のブレンドコーヒー

 ⑧ 伏見ビル…青山ビルの隣。大正12年(1923)竣工で、元々はホテルとして使用。丸い飾り窓がキュートです。内部は1階のギャラリーで見ることができます。

 ⑨ オペラ・ドメーヌ高麗橋…東京駅や日銀本店の設計で有名な辰野金吾の作品。大阪教育生命保険の社屋として明治45年(1912)年に竣工。現在は結婚式場として営業中です。

 ⑩ 日本基督教団浪花教会…アメリカの建築家ウィリアム・メレル・ヴォーリズ(この人に関しては次回の取材で詳しくレポートします)が設計を指導して、昭和5年(1930)に竣工。アーチ構造と大きなステンドグラスが素敵ですよ。

 というわけで、大正14年(1925)に市域を拡大して「東京市」を上回る大都市となった時代、いわゆる「大(だい)大阪」時代を偲ばせるたくさんの遺構が、空襲や震災など度重なる倒壊の危機をくぐり抜け、いまだに現役で使われている事に、本当に感激しました。当時はデザインや工法など、最新のものを取り入れて競い合ったという話ですから、タイムスリップして当時の風景を見ることができたら、さぞ壮観ではないかなと思います。

辰野金吾の代表作がズラリ

 さて、お次は京都です。こちらではかつてビジネス街だった三条通沿いにレトロビルが集中していて、市の「歴史的界隈景観地区」に指定されているんですよ。京都っていうとお寺や町家など日本古来の建築物ばかりかと思っていたら、結構古いビルや洋館が残っているんですよね。大規模な空襲を免れたこともひとつの原因かもしれません。

 地下鉄の烏丸御池駅を降りて、烏丸通を下がって(南下すること。京都風の言い方です)三条通を東(鴨川方面)に。ここは京都でも屈指のお洒落スポットですから、お店を覗いたり、カフェで休んだりしながらブラブラ散歩するのがおすすめです。地図の番号順に説明しますね。

写真上から京都文化博物館別館(旧日本銀行京都支店)内部、前田珈琲文博支店の金庫扉 →

 ① 新風館…烏丸通と姉小路(あねやこうじ)通の角(東側)にある大きな建物。もともとは大正15年(1926)竣工の、京都中央電話局。現在は複合商業施設になっています。中央部分が広い中庭になっているので、街の中心部にあるのに凄く開放感があります。来年以降外観はそのままに、高層ホテルが建設される予定。

 ② みずほ銀行京都中央支店…烏丸通と三条通の角(西側)にある現役の銀行ビル。厳密にはレトロビルではなくて、近年忠実に再建されたものです。もともとは明治39年(1906)竣工、辰野金吾設計の第一勧業銀行京都支店。赤煉瓦に白い石のラインが走る意匠は辰野式と呼ばれているそうです。

 ③ 中京郵便局…日本一素敵な郵便局かもしれませんね。明治35年(1902)竣工のネオルネサンス様式。一時は取り壊しの計画もあったそうですが、外観のみを残して改築。こうした手法を「ファサード保存」と呼ぶらしいのですが、実施例としては日本で最初なのだとか。

 ④ 京都文化博物館…地元の人は「ぶんぱく」なんて呼び方をするようです。レトロビルは通りに面した別館の方で、こちらも辰野作品。明治39年(1906)竣工の旧日本銀行京都支店です。建物自体が博物館の展示物ということなんですね。贅を凝らした内部もそのまま保存されていて見学は自由。中庭に出ると、京都ではイノダ、小川と並ぶ老舗喫茶、前田珈琲の支店が見えてきます。朝10時からの営業なのでお得なモーニング(20食限定・680円)もいただけますよ。こちらは元金庫室ということで重い扉は健在。しかも、創業者の前田隆弘会長自らが、香り高いコーヒーを淹れてくれるという贅沢さ!

←写真上から前田珈琲文博支店のモーニング、お気に入りのランチ・日常茶飯の「一汁一菜」

 ⑤ 日本生命京都三条ビル…こちらも大正3(1914)年竣工の辰野作品ですが、現存しているのは角地の塔屋と右側の一部分のみ。一見石造りの外観ですが、それは表面だけで、内部はやはり赤レンガなのだそうです。内部は1階の着物リサイクルショップで確認できます。

 ⑥ SACRAビル…今回の取材で個人的に一番楽しかったビル。なぜなら、手芸や糸の専門店「AVRIL」がテナントとして入っているから。私のような編み物好きなら、何を作ろうかとあれこれ迷いながら何時間でもいられそう。ビル本体は大正5年(1916)竣工の旧不動貯蓄銀行京都支店。1階には渋谷にあった伝説のバー「雪月花」が営業中で、ちょっと入り口がわかりにくいけど、昼間はお茶も飲めます。京都のレトロビルの中でも特に頑強そうに見えますが、2〜3階部分は木骨煉瓦造のままなんですって。

 ⑦ 家邉徳時計店…明治23年(1890)竣工の貴重な洋風商業建築。家邉徳時計店は日本最古の時計貴金属商で、現在の当主で4代目だそうです。1階の3連アーチが特に印象的で、現在はブティックが営業中。

 ⑧ 1928ビル…昭和3年(1928)竣工の旧大阪毎日新聞社京都支局ビル。キュートな星形の窓は社章がモチーフ。現在はアートコンプレックス1928としてギャラリーやフリースペースとして活用されています。地階にあるカフェ・アンデパンダンも独特な雰囲気でおすすめですよ。

 三条通はカフェも充実。今回ランチをいただいた文博の斜向かい「日常茶飯」では美味しいだけじゃなくて体にもいい「一汁三菜」定食800円が最高でした。お昼だけじゃなくて夜も食べられますよ。他にもスタイリッシュなバッグショップの奥にあって、素敵な中庭を眺めながら掘りごたつ風の席でまったりできる隠れ家カフェ「キッサマスター」や、観光客に大人気の「よーじやカフェ三条店」など、TPOに応じて使い分けてくださいね。

潮風が心地よいオフィス街

 「レトロビル&カフェ」の最後は神戸。私にとっては一番馴染みのある街です。宝塚時代にはしょっちゅう三宮に買い物に来ていましたし、一緒に食事をする友達も多かったんですよ。今回の神戸旧(外国人)居留地にも何度も足を運びました。

 今回の取材では、京都から神戸市内に入る前に、ちょっとだけ海が見たかったので、寄り道して芦屋マリーナの「Mar Rosso」で朝食をいただきました。1時間ほどのプチ・リゾート気分。潮風が心地よかったですよ。

 さて、旧居留地は幕末の開国以来、国交を結んだ外国人の治外法権が認められた区域ですから、当然周囲とは隔絶されていました。具体的には北=西国街道、東=旧生田川(現フラワーロード)、西=鯉川(現鯉川筋)、南=海という区画。今でも道路を一本隔てただけで街の雰囲気が一変するのはそのためです。幕末から居留地が廃止される明治32年(1899)までは、風景も行き交う人もヨーロッパの町並みそのものだったんですね。

 旧居留地がオフィス街だとすると、北野の異人館街は住宅地。そのどちらにも入れなかった清の華僑が集まった場所が南京町のような中華街に発展していったわけです。今ではそれぞれの街が魅力的な観光地になっていますが…。

 神戸のウンチクはそれくらいにして、こちらも地図の番号順に紹介します。

写真上から海側から見た海岸ビル(左)と商船三井ビル(右)、ビル一棟がまるごとカフェになっている「ROUGH RARE(ラフレア)」→

 ① 旧居留地38番館…昭和4年(1929)にシティバンク神戸支店として建設。前にもご紹介したヴォーリズの設計です。神戸大丸百貨店2号館・3号館と隣接しており、現在では景観が一体化しています。一時は倉庫として使用されていましたが、現在はテナントビルとして営業中。このビルの隣、大丸の1階には、以前「 神戸のカフェ文化」でご紹介した「カフェ ラ」があります。

 ② 同和海上火災ビル…昭和10年に旧神戸海上火災保険会社の本社として(1935)竣工。その後同和火災に統合、その後ニッセイ同和損保、あいおいニッセイ同和損保と名前は変わりましたが、オーナー自体はそのまま。これって結構珍しいケースなのだそうです。

 ③ 旧居留地十五番館…こちらはビルではなくて事務所と住宅を兼ねた大使館。明治13年(1880)頃に建てられた旧アメリカ合衆国領事館で、旧居留地に唯一現存する居留地時代の建物だそうです。現在はレストラン「TOOTHTOOTH maison15th」が営業中。夜はライトアップされてきれいですよ。

 ④ 神戸市立博物館…もともとは昭和10年(1935)に竣工の横浜正金銀行(現三菱東京UFJ銀行)神戸支店で、戦後は東京銀行神戸支店として使われていました。その後大規模な改修ののち、神戸市立考古館と神戸市立南蛮美術館が統合して現在の形になっています。こちらもライトアップされますよ。

←写真上から「レアル プリンセサ・リカルディーナ 磯上邸」の外観とパスタランチ

 ⑤ 海岸ビル…旧三井物産神戸支店として大正7年(1918)竣工。空襲にはかろうじて耐えましたが、阪神淡路大震災で全壊認定を受けたため、外壁を一時撤去・保管。その後、同じ場所に高層ビルを建てて、保管していた4階までの外壁を復元したという労作です。ただの高層ビルにならなくて良かった…。

 ⑥ 商船三井ビル…旧大阪商船神戸支店として大正11年(1922)竣工。当時としては最新技術を駆使した高層ビルで、渡辺節、内藤多仲コンビの傑作です。大正期の大規模オフィスビルとして現存する唯一の遺産で、貨物用として1台だけ往時の手動式エレベーターが残されているそうです。

 ⑦ 神港ビル…川崎汽船本社ビルとして昭和14年(1939)竣工。屋上に塔があり、近代のアールデコと現代のモダニズムが合体したようなとても珍しいデザインなのだそうです。

 ⑧ チャータードビル…丸ビルや郵船ビルヂングで有名なジェイ・ヒル・モーガンが設計、チャータード銀行神戸支店として1938年に竣工。かつてのロビーにカフェ「E.H BANK」があることは「 神戸のカフェ文化」でお伝えした通りです。

 さて、旧居留地を散歩してちょっと疲れた、お腹がすいたという方にぴったりのカフェがあるんですよ。それは「ROUGH RARE(ラフレア)」。一見何の変哲もない古びたオフィスビルですが、この4階建てビルまるまる一棟をカフェとして使っているんです。満席で座れないという心配はないし、店内もとてもゆったりしています。ランチはメインにサラダやフリードリンクがついて1,000円。漫画なんかも置いてあるので思い切りのんびりできますよ。

 そして今回の取材でランチをいただいたのが、旧居留地より少し東側にある「レアル プリンセサ・リカルディーナ 磯上邸」。スイーツのケーニヒスクローネが手掛けたお店で、店内には地中海の別荘かと思うようなゴージャスなフロアがいくつもあって、ちょっとしたリゾート気分が味わえます。それでいてメニューはカジュアルで基本セルフサービスなので、店内は近所の奥様方でいっぱい。肝心のランチについては「もう少し頑張ってほしいな」というのが正直な感想ですが、日当たりの良いソファー席が主体なので、休日ゆっくりと羽を伸ばすには最高かも。
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