第一章:大谷石に癒やされる〜宇都宮

 季節ごとにテーマを決め、ゆったりしたスケジュールで古都を歩く。日本の原風景を求めて…。そんな旅こそ“アラカン世代”にふさわしいのではないだろうか。第15回目は、レポーターになって今回で6回目。すっかりこのコーナーの“顔”になった華月由舞さんが案内する初夏の栃木。

早速の出会い♪

 ついこの前まで肌寒かったのに、急に暑くなりましたね。華月由舞です。私は寒いのは苦手なのですが、暑さには強い方なので、夏が早く来るのは大歓迎。前回もお伝えしたように7月にはミュージカル『CHICAGO』が開演するので、バテてなんかいられません。私達の仕事は体力勝負ですからね。そんなわけで私は元気なんですけど、皆さん、体調を崩したりしていませんか? 熱中症には十分気をつけて下さいね。水分補給を忘れずに。

 今回は「意外と近い 癒しの国」と題して、栃木県の宇都宮、日光、那須を順に訪ねるという企画。観光地として有名な日光と那須はすぐに納得できたのですが、宇都宮って言うと、地元の方には失礼なのですが、私には餃子しか思い浮かびません。「癒やしの国」っていうことは、美味しい餃子を食べて癒されるっていうこと?

 そんな素朴な疑問を宇都宮市在住のアラカン編集長にぶつけたら「宇都宮が餃子で有名になったのは割と最近の話で、昔から有名なのは大谷石。戦前に比べればだいぶ減ってしまったけど、今でも市内には随所に大谷石の建築物がある。こうした建物はリノベーションされてお洒落な飲食店なんかになっているから、実際に中に入れば大谷石のヒーリングパワーを実感できるよ」

 癒やしの大谷石ねぇ…。正直あんまり石には興味ないけど、お洒落な飲食店には凄く興味があるので、俄然、やる気になってきました。でも、宇都宮って東京から結構遠いんじゃなかった?

    写真上から餃子像、旧篠原家住宅と大谷石の蔵、「みんみん」の焼き餃子→

 実は東京から宇都宮までは東北新幹線で約50分。あっという間に着いてしまいますから、居眠りしていたら乗り過ごしちゃいそう。「意外と近い」っていうのは本当にその通りですね。実際、東京のオフィスに通勤している方も少なくないそうです。

 駅の改札を過ぎて西口のデッキに出てみると、何とも不思議なオブジェが。これは平成6(1994)年に山田邦子さんのテレビ番組で企画され、大谷石を使って作られた“餃子のビーナス”こと餃子像なのだそうです。これって、餃子と大谷石の新旧コラボじゃないですか! この餃子像、当初は東口にあって、その後西口に移されたのですが、目立たない場所だったので、最近になって再度お引越し、現在の場所に移されたのだとか。

 では、早速餃子を食べに…。と思ったのですが、まだお昼にはちょっと早い。そこで西口の駅前をぶらぶらと散歩していたら、目の前に突然立派なお屋敷が。黒漆喰のシックな外観に惹かれて表玄関に回ると、「旧篠原家住宅 開館中」の看板。そうか、ここは文化財として保存されているんですね。中に入ると、贅を凝らした内外装や調度品について丁寧に説明していただけます。このお屋敷はもともと店舗兼住宅として醤油醸造業や肥料商を営んでいたそうです。太平洋戦争の戦火(宇都宮大空襲)で、半分は焼失。それでも主屋と石蔵が奇跡的に焼け残り、往時の豪商ぶりを伝えています。

 ちなみに蔵が焼けなかったのは、大谷石を使っていたからだとか。大谷石って火に強いんですね。駅から3分、早速の大谷石との出会いに気を良くしながらも、心はやはり餃子の方へ。地元の方に聞くと、宇都宮で餃子の美味しい店といえば「みんみん」と「正嗣(まさし)」が双璧だとか。でも、この日「正嗣」はお休みだったので、迷わず「みんみん」をチョイス。駅ビルや東口にも支店があるのですが、どうせなら本店に行きたいということで、宇都宮市のシンボル、二荒山神社の近くにある本店へ直行。本来なら神社に先にお参りするのが筋ですが、私、普段から朝食をあまり食べないので、お昼時になると結構お腹が空くんですよね。

餃子が主食?

 平日だし、まだ12時前だから余裕かなぁ、なんて考えながら店の前に着いてみると、早くも15〜6人の行列。やっぱり人気店は甘く無いですねぇ。それでも15分ほどで案内され、カウンターに座ってビックリ。メニューは「焼き餃子」「揚餃子」「水餃子」それに「ライス(普通または大盛り)」と「お漬物」「ビール」のみ。本当に餃子専門なんですね。しかも安い! でもライバル店の「正嗣」にはライスもビールも無いそうです。

 餃子っておかずじゃないの? と地元の人に聞いたら、「餃子は主食。そうでなければおやつ。ただそれだけを黙々と食べる」のだそうです。私のオーダーは焼き餃子をダブル(12個)で。あっさりして食べやすいので、軽くもう一皿行けそうでしたが、他にも行きたい店があったので抑えておくことに。

 宇都宮には餃子を提供する店が200軒ほどあるそうですが、なぜそんなに餃子がポピュラーになったのかというと、明治時代に陸軍の師団、いわゆる関東軍が駐留して以来、宇都宮は関東軍の街となって発展していったそうです。そして、関東軍の中で満州に派兵された師団が餃子の製法を持ち帰ったのが始まりだとか。

 そんな“餃子談義”を始めたら、餃子好きの私は止まらなくなりそうなので、高さ10メートル近くある巨大な木製の鳥居と、ちょっと根性が要りそうな石段が印象的な二荒山神社へ。この神社、地元の方が「二荒(ふたら)さん」と呼ぶので「ふたらさんじんじゃ」と読むのかと思ったら「ふたあら(ふたら)やまじんじゃ」と読むのが正しいそうです。そうか、「…さん」というのは親しみを込めた言い方なのね。諸説ありますが、宇都宮の「宮」は、この神社のことを表しているそうです。

←写真上から宇都宮二荒山神社、甘党の店 三芳

 二荒山神社は日光にもあるので、区別するために「宇都宮二荒山神社」「日光二荒山神社」という呼び方をするようです。両方を参拝すると霊験あらたかで望みが叶うらしいですよ。今回は日光にも行きますが、お参りする予定はないので、とりあえずこちらを重点的に参拝。何をお願いしたかって? 「今回の取材でひとつでも多くの美味しいものと出会えますように」

 お願いはすぐに叶えられましたよ。神社の駐車場すぐ横にある「甘党の店 三芳」さん。宇都宮の女子なら誰でも知っているという可愛らしい甘味処です。この日は少し肌寒かったので、私はおしるこをチョイス。出てきて驚いたのですが、さらっとしたこし餡に小さな焼き餅という、私のイメージとは全然違っていて、濃厚な餡に大きなお餅。これは「おしるこ」っていうより「あんこ餅」と呼ぶべきもの。このボリュームを見て実感。「焼き餃子ダブルでやめておいてよかった〜」

 このあといろんな意味で? 全国的に有名な宇都宮動物園にも行ったのですが、その話はまた第三章で。

とにかく寒い!

 ところで、大谷石が宇都宮の名産っていうことは理解できたけど、大谷石って宇都宮のどこで採掘されるの? もしかしたら実際に見に行ったりできる? と地元の方に超初歩的な質問をしたら、採掘場の跡が資料館になっていて、人気の観光地になっているとか。しかも車で15分ぐらいって、凄く近いじゃない。これは行くしかないですよね。

 市の中心部から少し離れると、道がだんだん狭くなってきて、石造りの塀や蔵が目立つようになり、気が付くと削り取られた野性的な岩肌が至る所に現れます。日本にいるとは思えない、この神秘的な景観が大谷町。資料館へは駐車場に車を止めて、徒歩5分ぐらい。周囲はキレイに整備されていて、公園のような雰囲気です。

                     写真はすべて大谷資料館の採掘場跡→

 やがて資料館の建物が見えてきますが、あれっ? 随分こじんまりしていて、ここで何が見られるの? と少しがっかり。ところが、中に入って右手の入り口を開けると、そこからは想像を絶する異空間が…。

 何よりもまず寒い! 冷房の効きすぎた喫茶店みたい。真夏でもここに行くときは絶対に上着が必要です。入り口でブランケットを貸し出していますが、私のような寒がりの人は油断禁物ですよ。長い階段を降りて行くと、徐々に見えてくるのが広大な採掘場の跡地。各所でさまざまな色にライトアップされていて、神秘的な光景が広がります。 

 この空間、深さ30メートル、広さ2万平方メートルという規模ですから、まさに地底の王国。今はSF映画のロケやコンサート、プロモーションビデオなど、さまざまな用途に使われているそうですが、かつては誰も入ることのない忘れられた空間だったそうです。それでも壁面をよく見てみると、細かいツルハシの跡を見ることができます。採掘が始まったのは江戸時代、機械化されるまではすべて手作業だったそうです。ちなみに採掘された石1本の重さは150キロ。これを背負子(しょいこ)だけで運んだそうです。最盛期には、この地下空間で大勢の人が汗を流していたんですね。

←写真上からカトリック松が峰教会の内観と外観

 石材としての大谷石の歴史は、古墳時代の石室から始まるそうです。軽くて加工しやすいのが特徴で、特に、世界的建築家のフランク・ロイド・ライトが、大正11(1922)年に竣工した旧帝国ホテルでふんだんに使ったことと、このホテルが関東大震災に耐えたということで、耐久性も評価され、全国的に普及したそうです。旧帝国ホテルの玄関部分は、愛知県犬山市の博物館明治村に保存されているので、今でも見ることができます。

 この大谷石、以前ほど需要がなくなった現在でも、10億トンもの埋蔵量があるそうです。石そのものを建材として使うよりも、薄くスライスしたものを壁面に貼って仕上げる方法が一般化しているとか。大谷石の壁が続く町並みって、凄く美しいんじゃないかって思いますけど、宇都宮市内でもなかなかお目にかかれないそうです。残念ですよね。

母のような優しさ

 でも、がっかりするのはまだ早い! 大谷石建築の代表作が市の中心部に保存されています。それがカトリック松が峰教会。旧帝国ホテル竣工の10年後、昭和7(1932)年に完成したロマネスク・リヴァイヴァル建築。設計は主に北海道で活躍し「近代建築の開拓者」と呼ばれたスイス人のマックス・ヒンデル。見学は自由。内部のデザインも素晴らしいので、ぜひご覧になって下さいね。ライトアップされた夜もきれいですよ。

   写真上から「カフェ ドゥ オリーブ」外観、「石の蔵」エントランスと内部→

 そして、リニューアルされた大谷石の蔵も市内のあちこちで見られます。そのひとつが、二荒山神社の鳥居から宇都宮城までまっすぐに伸びたバンバ通り沿いにある「カフェ ドゥ オリーブ」さん。私はここでちょっとコーヒーブレイク。編集長の言っていた「大谷石のヒーリング」という意味が少しわかったような気がしました。大谷石って石なのに冷たさがなくて、囲まれているとむしろ暖かさを感じるんですね。

 さらに、この日のディナーは、60年以上前に建てられた大谷石の倉庫がお洒落に甦った「石の蔵」さん。創作和食のレストランとセレクトショップが同居しています。蔦に覆われた外観も素敵ですが、内装の凝り方が半端ではありません。まさに木と石の芸術! 初めて行くと、お手洗いにすら感動しますよ。今回はコース料理をお願いしたら、快く個室を用意して下さいました。ここにもむきだしの大谷石の壁。思わず撫でてしまいました。

 コンクリートと石の違い、同じ無機物であっても、人工物か自然の産物かで感じ方が全く違うんですね。大谷石は、日本がまだ海の中にあった新生代第三紀に、火山灰や砂が堆積してできた、人類が生まれる以前の地球の記憶。海から陸へと生活の場を移していった私達の祖先を含め、たくさんの生き物たちの栄枯盛衰を見てきた目撃者でもあります。理屈では説明できないけど、悠久の歳月を経て、すべての命を包み込む母のような柔らかさ、優しさがこの石にはあるような気がします。皆さんも、宇都宮に行ったら餃子だけじゃなくて、ぜひ、大谷石の建物を探して、触れてみて下さいね。
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