第一章〜小江戸冬景色

 季節ごとにテーマを決め、ゆったりしたスケジュールで古都を歩く。日本の原風景を求めて…。そんな旅こそ“アラカン世代”にふさわしいのではないだろうか。第2回目は「人生は二度ある」と連動して、伊能忠敬が前半生を過ごした千葉県香取市佐原を訪れた。

まだ癒えぬ大震災の傷跡

 次回の予定はNHK大河ドラマの『八重の桜』に便乗して、取材先は会津若松と早々に決まっていたのだが、むしろ今回の方が、行き先とスケジュールがなかなか決まらず、あれやこれやと思案しているうちに、そう言えば伊能忠敬と言えば佐原、佐原と言えば小野川沿いの古い町並み、まさに「古都逍遙」にぴったりではないかと思いつき、早速連休明けの15日にスケジュールを入れた。

 佐原は以前2度ほど行ったことがあるし、近場だから楽ちん♪などと気楽に構えていたのがいけなかった。14日に突然の大雪だ。あわててスケジュールを調整し直した結果、19日の更新予定なのに18日の取材ということになった。「まぁ、帰ってから徹夜して書けばいいか」などと、またまた気楽に構えていたら、あることを思い出した。「シマッタ、18日の夜は飲み会だ」

 「それなら酒は飲まずに…」などど意気込んで出かけた飲み会では、当然のように酔っぱらい、家に帰ると即座に爆睡、結局更新が3日も遅れてしまった。そんなわけで19日更新のはずが21日になりました。ごめんなさい。

 佐原に行くには車が便利だ。都心から佐原までは東関道で1時間弱。佐原香取インターで降りれば5〜10分で佐原の街に着く。公共の交通を使う場合(普段はあまりアクセスが良いとは言えないが)高速バスならいつでも東京駅から乗れるし、トップシーズンの5〜6月にはJRの特急列車が運行する。なぜ5〜6月がトップシーズンかと言えば、水郷佐原水生植物園で「あやめ祭り」が開催されるからだ。400種150万本のアヤメや花菖蒲が一斉に咲き乱れる様は「見事」の一言。

 北総地域から茨城県南部一帯は、昭和35年に水郷筑波国定公園の指定を受けている。「あやめ祭り」は佐原だけではなく、潮来など利根川流域の一帯で開催されるので、この時期が人出のピークというわけだ。加えて、勇壮な山車が夏に10台、秋に15台練り歩く「佐原の大祭」も、街中が観光客で埋め尽くされる。

 従って、「あやめ祭り」「佐原の大祭」期間中には、悠久の時が流れる小江戸・佐原(重要伝統的建造物群保存地区)にも、オッサン、オバチャン、隣国人の嬌声が飛び交い、風情も何もあったものではない。まぁ、これは今どきどこの観光地でもそうなのだが。

 そんなわけで、この街の良さを感じていただくには、なるべくシーズンオフが良い。もちろん、今回のように真冬という選択肢もある。但しこの日は、車を降りた途端、木枯らしの冷たさに体がフリーズ。「3分以内に暖を取らないと、血の巡りの悪い糖尿マンは手足が痺れてしまうのです」という石坂浩二のナレーションがどこからともなく聞こえ、心の中でカラータイマーがピコピコ鳴っている。時計を見ればもうすぐ12時。まずは腹ごしらえして、食熱で暖まるか…。

 目指すは小野川沿いにあるお気に入りの町屋レストラン『夢時庵(ムージャン)』。駐車場から2分も歩けば小野川付近の風景が見えて来るのだが、あれれ、どうやら建物をいくつか修理しているようだ。「古い建物が多いから仕方ないわな」などと呑気に呟いていたら、おやおや、どこもかしこも修理中だ。ああそうだった。東日本大震災でこの地区もかなり被害が出たことをすっかり忘れていた…。

 『夢時庵』の場合、大きな被害は免れたようだ。この店は2004年からの営業だから、内外装をリニューアルする際に補強工事を済ませていたのかもしれない。店の中に入って、暖かさにほっと一息。外を見ると、木枯らしに暖簾がはためいている。早速2,200円とお値打ちなランチコースをオーダー。この店は雰囲気だけの店ではない。都心の一流店と比較しても、あらゆる面で高レベル。まず最初に天然酵母のまん丸パンが旨い。もちろん、ボリュームたっぷりの前菜も、銚子でとれたての魚料理もいける。要するになんでもウマイのだが…。




魚なのに雀とは如何に?

 満腹になったので近所を散策。創業寛政12年(1800年)という老舗の醤油屋さん「正上」の前でふと立ち止まる。軒下に壊れた瓦が置いてあり、その瓦一枚一枚に何か書いてある。よく見ると「頑張れ!」「復興」の文字。さらにその上に張り紙が…。

 「佐原おかみさん会では3・11の東日本大震災で落ちて家を守った瓦にみなさんの夢やメッセージをいただきました。ご支援、ご協力ありがとうございます。これからも歴史的な町並みを大切にしていきます 佐原おかみさん会」

 何やらジ〜ンと胸が熱くなった。たまに観光で来るだけの私達は町並みを見て「こんな美しい所に暮らせてうらやましい」などとノーテンキに思うだけなのだが、実際に住んでいる人たちにとって、こうした歴史的建造物を保存し続けるのは並大抵の苦労ではないはずだ。

 以前、別の重要伝統的建造物群保存地区に暮らす方から聞いたことがある。修理や維持には金がかかるが、保存地区に指定されたからといって、全額費用が出るわけではない。その費用を、わずかな観光収入でまかなうのは大変で、家を捨てて出て行ってしまう人も多いとか。

 ならば少しでも貢献しようと、土産物屋さんを兼ねている「正上」さんの土蔵へ。こちらは明治元年(1868年)の竣工。佐原の名物は何と言っても「すずめ焼き」。あの可愛いすずめを焼くなんて、何て残酷な!と思ったアナタ、そのすずめ焼きなら京都の伏見大社の参道あたりで食べられます。確かに結構グロいです。しかし、ここでの「すずめ焼き」は佐原近辺でとれた小鮒(こぶな)を背開き、または丸ごとを竹串に刺して、タレを付けて焼いたもの。

 それをなぜ「すずめ焼き」と呼ぶのかは、殿様に献上した際「これは雀を焼いたものか」と尋ねられたから、或いは串にささった姿が小枝にとまったスズメに似ているからなど諸説あるそうな。ちなみにわかさぎをいかだ状に並べ、串で刺した「いかだ焼き」は見たまんまなので説明不要かと…。<第二章へ>