第二章〜千里の道も一歩から

“江戸勝り”の伝統

 中橋から東へ延びる道に「水郷佐原山車会館」という案内板が。急ぐ旅でもないので、見物に出かける。伊能忠敬記念館にも行く予定があれば、こちらとセットで入場券が買える。共通入館券800円だから、バラで買うより100円安い。

 入るとまずビデオ鑑賞を勧められる。貸し切り状態で3面パノラマの祭りの風景を楽しむ。実際に見たことはないが、山車の豪華さといい、規模といい、なかなか凄い祭りだ。起源は不明だが、利根川舟運で蓄えられた財力を背景に江戸の山王祭や神田祭を意識しながら、江戸より優れた山車祭りが出来上がったという話。なるほど“江戸勝り”と言うだけある。伊能忠敬の時代、いかにこの町が栄えていたかがわかる。

 内部には実際の山車が展示されており、至近距離で見ることができる。花鳥、鶴亀、武者など細密な彫刻に目を奪われる。説明書を見ると「欅(けやき)材で制作された関東彫り」とある。公共事業に税金をつぎ込むのもいいが、こうした彫刻師の技も何らかの形で長く残してもらいたいものだ。

 各地域ごとの山車は全部で24台。山車会館には交替で展示されるようだ。この日展示されていたのは、身長5メートルはあるかという武甕槌命(たけみかづちのみこと)と大楠公(だいなんこう=楠正成)が乗ったの2つの山車。顔が結構リアルだ。いつも思うのだが、こういう顔には誰かモデルがいるのだろうか。「眠そうな顔」とか「マヌケ顔」というのはよく見かけるが「神様顔」とか「武者顔」なんてのはあまり聞いたことがない。

 この巨大な山車が団体で繰り出すのだから見応えは満点であろう。ちなみに夏の祭りは八坂神社祇園祭で、秋の祭りは諏訪神社秋祭り。護岸工事のため今年はどうかわからないが、通常古い町並みの中も通るので、江戸時代の熱気がそのまま再現されることになる。伊能忠敬も現役の頃は、祭りの期間中、町の世話役として忙しく立ち回っていたことだろう。

“働きアリ”の意地

 その伊能忠敬だが、小野川沿いの旧宅が保存されている。ところがこれも震災でダメージを受け、現在補修中。もともと何と言うことはない古民家なので、特別見たいというわけでもないのだが、折角これから3回も連載するのに写真が撮れないのは痛い。そういいながらも絵にならない工事中の写真を収めてはみたが…。

 伊能忠敬記念館は「樋橋」、通称ジャージャー橋をはさんで旧宅の対岸にある。平成22年に資料2345点が国宝に指定されたということで、その時はだいぶ盛り上がったようだ。ただ、展示物に関しては、一般人にはお世辞にも面白いとは言えないだろう。伊能忠敬マニアだったら思わずニンマリする資料が山のようにあるのだが…。

 忠敬は色んな意味でつかみ所のない人だ。50代で突然生き方を変えたという意味ではドラマチックなのだが、何しろその業績が偉大と言えば偉大、地味と言えば地味。歩いて歩いて歩いた半生とでも言おうか、その途上には山も谷もあったであろうし、晴天の日も悪天候の日もあったであろうが、足腰が弱り、歯が抜け落ちても、とにかくひたすら歩くことだけに生涯を捧げたような人である。

 そういう意味で面白味はないのだが、その生真面目な記帳の数々や道具類を見ていると、何かじんわりとこみ上げるものがある。愚直で勤勉で努力家で…。「千里の道も一歩から」と、ただひたすらに日々の実績を積み上げる“働きアリ”の意地と誇り。これは、この時代の典型的な日本人の生き様と言ってもいい。

 記念館を出て、ふと気がつくと舟のエンジン音が…。こんな寒い日に舟に乗る粋狂な客がいるのかと川を覗けば、いるいる。可哀想に震えている。しかし、よく見れば舟にはコタツがしつらえてあるようだ。「木枯らしや 顔だけ寒い 炬燵舟」

 それからまた、小野川沿いをぶらぶらと歩き、印象的な建物にカメラを向ける。町の目抜き通り、香取街道沿いにも古い建築物がたくさん軒を連ねている。カメラを向けた先でおばさんが呼び込みをしているので、『武雄亭』という鯛焼き屋さんで思わず買い食い。パリッとした香ばしい薄皮に上品な甘さの餡。これはなかなか上等な鯛焼きだ。店の中を見ると、一匹ずつ型で焼いている。こういうのを鯛焼きファンは“天然もの”というらしい。要は“一本釣り”ということか。鯛焼きに活きがいいも悪いもないとは思うが。





小江戸の春は近い

 その後、伊能家の菩提寺である観福寺に寄って、今回の取材旅行も終盤に。忠敬ゆかりの梅の木は見あたらなかったが、本堂前にしだれ桜を発見。春に訪れたらさぞかし見事だろう。

歳を取ると「花鳥風月」の順に趣味が増えていくというが、花を目当てに旅行に行き始めたのが50歳を過ぎてから。海外旅行に出かけた友人のオカメインコを預かって、飽きもせず眺めていたのがつい先日。次は風の番か。もっともこれは春に限る。サイモンとガーファンクルではないが、今回のような真冬の木枯らしはどうも苦手だ。

 そんなわけで、観福寺からUターンして再び市街地へ。香取街道沿いにひっそりと佇む渋めのカフェ『しえと』が、本日の締めくくり。右手の目立たない暖簾をくぐって中にはいると、和箪笥の上に見事なしつらえ。古民家再生の手本のような内装だ。

 さっき鯛焼きを頬張ったばかりなのに、また「疲れたから」と自分に言い訳してメニューに甘味を捜す。人はなぜ甘いものを欲しがるのか。それは束の間、幸福になるからであり、幸福とは束の間であることを知っているからだ…とまぁ、そんな戯れ言は後にして、迷わずぜんざいを注文。お餅は3種類あるというので、栃餅をチョイス。ほんのりとした苦みが、餡の甘さに合う。これに薫り高い「棒茶」が付いて800円。佐原散策の締めくくりにはピッタリだ。

 さて、体が温まったところで、今回の旅の総括と行こう。佐原が本来の町並みを取り戻すにはもう少し時間が必要だろう。しかし、それを待ってから行くのではなく、町ぐるみで復興に取り組んでいる今、行くべきだと思う。それは東北も同じ。瓦礫も工事中のビニールシートも、現在から過去へと通り過ぎていくひとつの風景だ。もうじき木枯らしも止み、柳の芽も吹き始めるだろう。小江戸の春は近い。<次回へ続く>