第三章:探検!町家と隠れ家

探すのもひとつの楽しみ

 京都を旅した人から時々聞くのが「場所がわかりにくい店が多い」という話。京都市街の地理自体は御存知のように“碁盤の目”ですので、南北の通りと位置関係さえわかっていれば、そんなに迷うことはないと地元の方はおっしゃるのですが、京都初心者にとって頭が痛いのが、どこも皆同じような町並みに見えてしまうこと。

 タクシーの運転手さんに聞くと「ホテルや旅館の名前を言われても、京都には大変な数の宿泊施設があるから、大きいところならわかるけど、小さなところはわからないことも多い。お客さんはパンフなんかに書かれた住所を言うんだけど、ベテラン運転手でさえ◯◯町何番地と言われてもわからないことがある。京都で住所を言う時はまず行きたい場所に面した(或いは近い)南北の通り、次に東西の通りを言うのが一番。例えば河原町四条とか、木屋町三条といった具合」

 そう言われても、土地勘のない観光客には無理ですよね。今は携帯電話があるので、宿泊先の方に電話して運転手さんに説明してもらうか、スマホの地図を見てもらうなんて手もありますけど、どこに行くにもそのやり方っていうのはどうなんでしょ。お寺や神社でも地元の人しか知らない“通好み”の場所があったり、お店でもいわゆる「隠れ家」的なところを、地図を片手にあちこち歩き回って探すというのも旅の醍醐味じゃないかなぁ、なんて個人的には思うんですよ。

 その点ではさすが千年の都。ガイドブックには載らないような穴場やお店は、京都にはたくさんあるようです。今回はそのうちの、ほんの一部をご紹介しますね。

写真上からハイファイカフェの入り口(店内は撮影禁止)、名前のないラーメン屋、コトリカフェの入り口(店内は撮影禁止)、某ビルの屋上→

  まず最初にご紹介するのは、二条通を少し上がった河原町通と寺町通の間にある「ハイファイカフェ」さん。一見すると普通の民家にしか見えません。表通りに面していないため、見つけにくさはAクラス。入り口から奥へ行くと「靴を脱いでお上がりください」との文字が。引き戸を開けてお邪魔すると、知らない他所の家に訪問したような不思議な感覚。店内はお座敷に座布団、ちゃぶ台という純昭和なスタイルで、店名が表す通り、たくさんのLPレコードと本が並べられています。

 「コーヒー淹れるのに時間がかかるんですけど、大丈夫でしょうか?」と優しそうなご主人。この日はちょうどお昼時でしたので、ハイファイカレー(キーマカレー)のセットをオーダーしました。コーヒーが美味しいお店はなぜかカレーも美味しいという話を誰かに聞いたことがあるのですが、その法則はこのお店にも当てはまりましたよ。そして、時間をかけて丁寧に淹れていただいたコーヒーもまた美味。こちらのお店、時間がすご〜くゆったりと流れています。観光で来たからあれもこれも行きたいという人には不向きですが、日頃の慌ただしさから開放されたい人にはおすすめ。南の島やビーチで過ごすだけがリゾートじゃない。ゆったり過ごす心そのものがリゾート感覚なのです…なんちゃって。

 次にご紹介するお店は、ラーメン好きなら一度は聞いたことがあるはず。「名前のないラーメン屋」さん。そういう人を喰った店名なのではなくて、本当に店名がないんです。ですから看板もありません。但し、場所は繁華街のど真ん中、木屋町通の高瀬川沿いにあるビルの地下なので、近くまでは迷わずに行けるはず。ヒントは、同じビルの2階に「かき小屋フィーバー」というお店があること。

 やっと見つけて階段を降りても、アレ、間違えたかなと戸惑う人も多いんじゃないかと思います。そこはラーメン屋さんのイメージを180度覆す空間。コンクリート造りのちょっとしたエントランスの先には注文用のタッチパネル、カウンターの手前には坪庭が…。なにしろ恐ろしく洗練された空間なんです。カウンターに座ってもまだ驚きの連続。デザイン性あふれる調理器具に、揃いのユニフォームを着たスタッフ。ラーメンが来てまたビックリ。カウンターに何も置いていないので、箸はどこ?と思えば、カウンター下の引き出しに整然と揃えられた箸や調味料。この店に来て、あわてずにスッと引き出しを開ける人は絶対リピーターですね。肝心の味はどうかって? インテリアに負けてませんよ。冷えた体に濃厚な魚介ダシが染み渡ります。そしてユニークな麺。これは実際に食べて確かめてくださいね。

都会のオアシスが至る所に

 3箇所目は、こちらも地図で「ここだ」と確認しても絶対通り過ぎてしまうだろうな〜と思うほど存在感の希薄なカフェ。「コトリカフェ」さん。御池通から御幸町通を少し上がった雑居ビルの5階にあるのですが、看板も双眼鏡が要りそうなほど控えめ。そして、一度階段を上がってからエレベーターに乗るというのも見つけにくさ超Aクラス。エレベーターの扉が開いて、目の前のドアを開けようとしても、そこは非常口なのでご注意。左に曲がってガラス張りのエントランスを進むと、店名通り白い文鳥が迎えてくれます。

 店内は壁や天井の白とソファーのミントグリーンで統一された清潔でスタイリシュな空間。そしてこちらの最大の特徴は、とにかく贅沢なスペース感。東京の一等地でこんなにゆったりしたテーブルの配置は絶対無理。加えて、静寂感。音楽なんか一切なくて、聞こえるのは文鳥の可愛らしいさえずりだけ。必然的に会話もヒソヒソ話になっちゃいます。

 こちらのお店、スタッフはオーナーの女性お一人だけなのですが、とても静かな方。でも、メニューを見ると、この方の秘めた情熱というか、食べ物や飲み物に対する健康へのただならぬこだわりが感じられます。そう、文章がとても雄弁なんです。凄く“インスタ映え”するお店なのに「店内撮影禁止」(これはハイファイカフェさんも同じ)なのもうなずけます。こちらは“お一人様”を大事にしてくれるお店。ふらっと一人で来て、文庫本片手に日がな一日過ごすには最高の空間。観光し過ぎで疲れきった一人旅にも最適。もちろん、コーヒーも一級品ですよ。

 さて、“京都見つけにくい穴場”のラストは、とあるビルの屋上。京都市街のど真ん中という立地に、広々した畑があるんですよ。エレベーターを降りた瞬間、目に飛び込んでくるのは冬だと言うのに青々した葉物野菜…。手前には小川まで流れて、この場所だけ切り取ると、田舎のおばあちゃんちの畑って感じ。ここでクイズというわけではないのですが、この特別な場所はご自身で探してみてくださいね。ヒントは、東洞院通に面していて、野菜に関係のあるお店。ちなみにこの畑で採れた野菜は、併設されたレストランで味わうこともできます。それに、この畑のそばには可愛いコーヒースタンドもあるので、ハンドドリップの有機コーヒーを味わいながら、四季折々の作物を眺めるなんて幸せも味わえますよ。

リニューアルにも個性

 お次は京町家のお話。京町家とは、1950(昭和25)年以前に京都市内に建てられた町屋を含む木造家屋のことを指すのだとか。本来の町家というのは、店舗併設の都市型住宅のことだそうですから、店舗のない普通の古民家も京町家に含まれるようです。要するに京都にある古い木造家屋なら殆どの場合、何となく京町家って呼んでる感じですね。

←写真上からまつは、大極殿六角店、マリベル京都本店

 でも、本来の京町家には必ず一致した特徴があって、まず間口が狭くて鰻の寝床のように奥に細長いこと。吹き抜けの通り土間があって、そこに竈や水屋があること。外に面しては虫籠窓や犬矢来、内側に通り庭や坪庭、屋根には鍾馗さまというのが定番。屋内に箱階段や内藏があるのも商家の特徴です。

 虫籠窓とか犬矢来ってなんのこっちゃって思った人は、申し訳ないのですが、ご自分で検索してくださいね。日本建築に関しての固有名詞はあまりに専門的で、ワタシにも荷が重いのです。ただし、実物を見れば、ああ、あれかってすぐにわかると思いますよ。

 京都には、こうした古い町家をリニューアルして、さまざまな形で活用している店舗や施設がたくさんあります。今回はほんの一部だけ紹介しますね。ということは次回もあるのかって思った人、勘が鋭い。また京都に来たいから、小出しにしたいんですよ、なるべく。エヘへ。

 さて、トップバッターはこれぞ京町家の見本という感じで、町家の原型をほぼ活かしてリニューアルしたカフェ「まつは」さん。もともとは表具屋さんの建物だったそうです。通り土間と座敷をそのまま客席スペースにして、広々と設けた厨房スペースは、いかにも料理好きを伺わせます。実際、こちらでいただける「一汁三菜」は本当に手の込んだ逸品。日本の食、京都の食ってこういうものだったなぁって実感できますよ。姉妹の経営ということで、京都の親戚の家に来たという“お呼ばれ感”も味わえます。座敷にはカウンター席意外に、土間に面した席もあるのですが、中庭を眺められるこの席が特にユニーク。どうしてもお膳を横に置いて食べるようになりますが、江戸時代以前ならこういったスタイルは割と普通で、時代劇のシーンで居酒屋なんかにテーブルが登場しますが、そちらの方が嘘なのだとか。

 ネクストバッターは六角通に佇む明治18年創業の有名和菓子店、「大極殿本舗 六角店」さん。ベンガラ塗りの格子窓はこれぞ京町家という風情です。暖簾をくぐると銘菓の揃うショーケース、その奥に甘味処「栖園(せいえん)」があります。この日は運良く中庭の見える窓際の席がちょうど空いていました。オーダーしたのは、このお店の一番人気「琥珀流し」。これは、ぷるんとした寒天ゼリーに季節ごとのシロップをかけていただく甘味で、このゼリーが毎月変わるのがポイント(ちなみに暖簾も月替り)。それが楽しみで、毎月通うファンも多いとか。

 そしてお次が柳馬場通にあってティファニーブルーの外観が印象的な「マリベル 京都本店」さん。スイーツ女子なら誰でも知っているNYのショコラティエ。こちらの店舗は、和洋の絶妙なマッチングが見どころで、入り口を入って振り返ると、頭上にはクリスマスツリーが…。内部はゴージャスでクラシックな洋館という感じですが、奥のカフェスペースからは坪庭が見えるという凝りよう。クリスマスやバレンタインの季節なら、女子を連れて行けば絶対に株の上るお店ですよ。

①1階15畳の座敷。広縁のガラス戸は一枚一枚が手作りの浪打ガラス。これだけ大きな一枚ガラスを歪ませずに作るのは、当時の技術では困難を極め、当時の価格で一枚1000円、現在の価値で1000万円ほど。奇跡的に一枚も割れずに残っている②風情ある中庭③巨匠・竹内栖鳳作の欄間。東山三十六峰がモチーフ④数奇屋の名工・上坂浅次郎による茶室。奥の二枚障子は貴人口⑤洋間は1階と2階にあり、こちらはチーク材をふんだんに使った2階洋間⑥2階洋間にはピアノや蓄音機があってサロン仕様⑦鉾見台は屋上から祇園祭を見物するための専用台

これぞ京町家の頂点

 普段はこれという特徴もない町並みなのに、夏の祇園祭になると突然華やかに変身する通り、それが新町通です。まさしく「ハレとケ」を体現する場所。ここにあって、いぶし銀の存在感を放つのが「紫織庵」さん。浴衣や大正友禅、襦袢、呉服などを扱う老舗呉服店の旧宅兼店舗で、一般公開もしています(予約制)。

 この建物、江戸時代には高名な医師の邸宅だったそうです。現在の姿になったのは大正15年。豪商・四代目井上利助がフランク・ロイド・ライト様式の洋間を加えて新築、平成9年までは川﨑家の本宅兼迎賓館として使われていました。洋館部分の設計は武田五一、茶室や和室部分は数奇屋の名工、上坂浅次郎が担当。240坪という広々した敷地の隅々にまで贅を凝らした横綱級の京町家です。

 現在は“きもの美術館”の趣。大正〜戦前の貴重な京友禅や襦袢の他、竹内栖鳳など名だたる画家の屏風が展示されています。祇園祭の際には伝統的な「屏風祭」も。奥には大小2つの蔵もあって、こちらでは現在この建物を所有・管理している丸栄株式会社の商品が展示、販売されています。実はこちらの商品、一点一点職人さんによる伝統的な手染めで作られているのに、びっくりするほどリーズナブル。これは卸元直売のなせる技で、某デパートで同じものが100万前後で売られているとか。そういった業界の構造上の問題で、いくら良いものを作っても元の値段は変わらず、職人さんに相応な給料を払うことができない、なかなか若い職人さんが育たないと嘆くご主人(ご主人かどうかお聞きしなかったけどたぶんそうだと思います)。

 某ビールのCMで3人の女優さんが来ている華やかな着物はこちらの京友禅だとか。「素人さんにはプリントものか手染めかようわからんやろけど、わたしらが見ればすぐにわかります」あ〜、もともとは日本人が普通の暮らしの中で育んできた文化なのに、今では(ワタシを含めて)ホンモノがわかる日本人がいないなんて、嘆かわしいことですよね。「職人も高齢化が進んでますから、こういう手の込んだ品物はのうなっていきますわ…」

 ワタシもいつかお金の稼げる女優になって、こちらの友禅を買いに来ます! いつになるかわからないけど…。ちなみに、襦袢ってもともとは日本語じゃなかったって知ってました? ジュバ〜ンって言うとフランス語みたいな響きですが、もともとはアラビア語のジュッバ、それがポルトガル語になってジバゥン(ジバオ)、さらに日本語っぽくなってジュバン(漢字は当て字)になったそうです。天正遣欧少年使節(クリック)が帰国する途中、インドのゴアで宣教師から贈られたのがこのジバオで、ジバオとは洋服の下に着る、丈の短い襞襟(ひだえり)の袖なしシャツのこと。ついでですが襦袢って、今流行りの“チラ見せ下着”の元祖なんですよね。

 こちらでは襦袢や浴衣などの他、アロハも特注で作っていらっしゃいます。それにしても着物って、襦袢のように殆ど外目には見えないもの、半襟のようにほんの少ししか見えない部分にも、凝ったデザインと手仕事を施しているのを見るにつけ、昔の日本人のオシャレ感覚って、もしたしたら世界一だったんじゃないかな、なんて思った紫織庵さんの見学でした。

①細い道に風情ある町家が並ぶ住宅街は京都でも貴重な一角②2階座敷に無造作に置かれた木彫作品③囲炉裏のある居間は、当時のまま④河井寛次郎の肖像写真⑤この登り窯を中心に据えて建物が設計された⑥陶芸の仕事場がそのまま展示スペースに⑦寛次郎のことば。内容はこの章の最後でご紹介

日々の暮らしが芸術に

 さて、ここまでは京都市街の中心部、中京区にあるスポットをご紹介してきましたが、ここから先はちょっと場所を変えて三十三間堂など代表的な観光地が集まった東山七条界隈をご紹介。

                 写真上から智積院庭園、中庭、市川屋珈琲→

 東大路通と七条通が交差する近辺には、三十三間堂、京都国立博物館、豊国神社、方広寺、養源院といった観光名所が集まっています。中でも智積院は、国宝に指定されている長谷川等伯・久蔵父子の障壁画や、利休好みと伝えられる名勝庭園など見どころ満載なのに、意外に観光客の少ない穴場スポットのひとつ。

 この日は真冬の平日ということで、特に人影もまばら。現在一部を工事中なのがちょっと残念ですが、運が良ければ大書院から素晴らしい庭園の眺めを独り占めできますよ。これまで度重なる火災で多くの襖絵が消失してしまいましたが、その代わり、現代作家の色鮮やかな作品を鑑賞できます。定番の三十三間堂や、国立博物館がイベントなんかで混んでいたら、迷わずこちらに来て下さいね。

 お寺巡りや庭園鑑賞に疲れたら、今マスメディアを中心に話題の市川屋珈琲さんがおすすめ。最近は特製のフルーツサンドが“インスタ映え”するというので、女子率が高くなっていますが、本来はイノダコーヒで修行したご主人に、一杯一杯ネルドリップで丁寧に淹れていただけるコーヒーが主役。この界隈はもともと清水焼の窯元が集まった地域で、このお店も清水焼の工房をリニューアルしたものだとか。

 そして市川屋珈琲さんから徒歩1分、いにしえの京都を思わせる町並みにひっそりと溶け込んでいるのが「河井寛次郎記念館」。河井寛次郎は明治から昭和にかけて陶芸を中心に彫刻、デザイン、書、詩、詞、随筆などマルチな分野で活躍した総合芸術家(ここからはWikiの受け売りです)。京都に来たのは、五代清水六兵衛の窯を譲り受けたのが始まり。当初は技巧を凝らした華やかな作風の陶芸が特徴でしたが、後輩の濱田庄司と共に、柳宗悦が提唱した民藝運動に共感、富本憲吉、黒田辰秋、バーナード・リーチといった仲間を得て、古典から日用の器へと作風を転換します。

 館内に無造作に置かれたさまざまな作品はみんな圧倒的迫力。世界の民族芸術にインスパイアされたっていうのが良くわかります。土着的というか、魂のさけびというか、自由奔放なのにどこか懐かしい…。作品だけではなく、寛次郎の同士から贈られたという民芸家具も見どころ。箪笥とか椅子とか、みんな個性豊かで、材料の木が生き生きしている感じ。それに、寛次郎の残した詩や言葉もステキ。難しい言葉は何一つ使っていないのに、どこか奥が深いんです。

 芸術家の家だけに、京町家としては異端な造りなのですが、中庭を望む縁側に座ってみると、ああ、この家は凄く居心地が良かっただろうなぁ、いろんな発想が生まれたんだろうなぁって、ワタシでもわかる。きっと寛次郎さんにとって、日々の暮らしそのものが芸術だったんですね。

オリジナルのパフェはいがが?

←写真上から「ことたま」のオーダー表、出来上がったパフェ

 記念館から徒歩5分、東大路から少し東に入ったところに小さな甘味処があります。こちらが白玉専門店「ことたま」。2階建てのミニマムなお店。特に階段は人生初体験の狭さ。それでもこのお店に女子の行列ができるのは、700円で自分だけのオリジナルパフェを注文できるから。

 お店に入ると(行列の場合は入る前から)、オーダー表を渡されます。ここからパフェを構成する具材を選んでいくんです。これが甘党にはたまらない、贅沢な時間。組み合わせは何と最大400万通り!あるとか。ワタシが選んだのは写真の通り。割とオーソドックスだと思うんですが…。出来上がってきたパフェは想像以上にボリューミー。でも、決してただ“盛った”という感じではなく、見た目のバランスが取れているんです。これも京都の職人技のひとつかも…。

 とまぁ、あちこち歩き回りながら三都のイルミネーションに加え、京都の隠れ家や町家を探訪した今回の旅。一番心に残ったのは、イルミにしても着物にしてもお料理にしても、それを支える人たちの美意識と、日々の精進。収入とのバランスを考えたら決して割に合わないような仕事でも、手を抜かず、先人たちに恥じないように自分自身を磨き続ける…。それが古都に生きる人達の誇りなんだろうなぁ…。そんなわけで、最後にワタシのハートを鷲掴みにした河井寛次郎さんの言葉をご紹介しますね。

仕事が仕事をしています 仕事は毎日元気です 出来ないことのない仕事 どんなことでも仕事はします いやなことでも進んでします 進むことしか知らない仕事 びっくりする程力出す 知らない事のない仕事 きけば何でも教えます たのめば何でもはたします 仕事の一番すきなのは くるしむ事がすきなのだ 苦しい事は仕事にまかせ さあさ吾等はたのしみましょう 河合寛