第三章:願わくば花の下にて春死なむ

「寝覚め」ってどんな花?

 さあ最終日。ホテルを出て駐車場に行く道すがら、ちょっと遠回りをして、木屋町の高瀬川沿いを散歩しました。市街地の、しかも繁華街に咲く桜並木。夜はライトアップされて艶やかに街を彩ります。ところが、まだ3月だというのにすでに散り始めていて、川が花びらで一面ピンクに…。琵琶湖疎水沿いの哲学の道もそうですが、清流と桜、そして散り際の桜吹雪というのも、いかにも京都らしい風景ですよね。

 ハンドルを握ってまず向かったのは、名木がそろうと言われる花見の名所、平野神社。とはいえ、いわゆる観光地ではないので、どちらかと言えば地元の人に愛される穴場のひとつ。こちらは平安京遷都頃に建立された由緒ある皇族の氏神で、京都にある幾多の神社の中でも特に格式の高い社です。

 平安中期、花山天皇が境内に数千本の桜(かつては御所並みの広さだったそうです)を植えたのが最初ということで、神紋は桜、お守りも桜、まさに桜の神社です。その立派な鳥居の周りはすでに満開! そして境内には桜だけが密集して植えられた、“桜の園”も…。その根本には菜の花やすみれなど、野に咲く花も一緒に咲いていて、まさに春が来た! って感じ。こちらの境内には併せて約60種類400本あまりの桜があるそうです。

 道理で今まで見てきた花景色とは一味も二味も違うわけだ…。それぞれの微妙に異なる桜色が鮮やかに混じり合って、互いが互いを引き立たせているような、負けじと華やかさを競い合ってるような…。その一本一本すべてが主役になれる個性の競演。そこで私が気になった桜の種類を三つほど紹介。一本目は「魁」、さきがけと読みます。

写真上から木屋町・高瀬川沿いの桜、平野神社の“桜の園”、順に「魁」「胡蝶」「寝覚」→

  平野神社発祥の枝垂れ桜で、この桜が咲くと京都の桜が始まるのだそうです。名前に鬼という字が入ってるとは思えない、ウブな淡い桜色でギャップ萌え(笑) 花を見た後に名前を知ると、なんだか裏の顔があるように思えてくるのは私だけかしら(笑) 

 二本目は「胡蝶(こちょう)」。花びらが、まるで蝶が舞っているような風情ということでこの名前。全体にこじんまりとして、花もそんなに沢山あるわけではない、遠慮がちな桜。そんな主張しすぎないところに上品さがチラリ。私が見たときは若干の葉桜だったのですが、まるで葉っぱにひっそりと蝶がとまっているように見えました。

 三本目は「寝覚(ねざめ)」。これは単純に名前がお気に入り(笑) こちらも平野神社発祥の桜なんですって! 花は葉が茂るのと同時に開花して、色はほぼ白に近い一重。寝覚という名前なので、眠りから覚めて桜色を夢の中に置いてきちゃったのかしらーなんて勝手に妄想(笑) ホントは眠気も覚める美しさという意味だとか。

 他にも衣笠、大内山、虎の尾、平野撫子、御衣黄、平野妹背、朱雀、一葉、手弱女、おけさ、楊貴妃など、名前を聞いただけでは花の姿を全く想像できない独自の品種が揃います。これだけ沢山の種類があるのは、長い歴史の中で皇族や関係者が新しい品種を奉納してきたからなんですね。

 桜だけでも十分に素晴らしいのですが、この神社にはどこか他とは違う空気感があります。観光の方もそれなりに多いはずなのに、ワチャワチャ感がなくて、気高く高貴な雰囲気。この敷地の中だけ、時間がゆっくりと流れているような優雅な気持ちになれます。例え桜が散った後でも、この先何かうまくいかないことがあったら、ここに来れば心が落ち着きそう…。

桜界のスター?が勢揃い

 さぁ、お次は定番のお花見スポット。世界遺産にも登録された賀茂別雷神社、通称上賀茂神社です。上があれば下もあるというわけで、下鴨神社(正式名は賀茂御祖神社)も有名ですよね。ところで、どうして上が「賀茂」で、下が「鴨」なの? とお思いのアナタ、なかなかスルドイ。同じ川なのに賀茂川って呼んだり、鴨川って呼んだりしますよね。地図上では高野川と賀茂川が合流する出町柳のY字地点から下流が鴨川になります。

 なんでそんな面倒な表記になったのか、説明するとけっこう大変なので、賀茂と鴨のルーツについてちょっとだけお話しますね。どちらも古代から存在していた「かも」と呼ばれる豪族のことで、まず賀茂氏というのは八咫烏に化身して神武天皇を導いたとされる賀茂建角身命がルーツ。代々賀茂神社の宮司として仕えてきました。この一族の同系が鴨氏、加茂氏といった家系のようです。歴史的にも国学者の賀茂真淵、方丈記の作者・鴨長明といった偉人がいますよね。

 はっきりとはわかりませんが、2つの「かも」があるのは、実は「かみがも」「しもがも」という賀茂氏の氏神を祀る2つの神社を区別するためという説が有力。川の名前もそれに準じて上社のある上流を賀茂川、下社のある下流を鴨川と呼ぶようになったらしく、どちらが正しいということでもないようです。

 では、なぜ今回下鴨ではなくて上賀茂の方に来たのかと言えば、桜で有名なのは上賀茂の方だから。下鴨にも桜はあるのですが、上賀茂ほど華やかではありません。上賀茂の桜は、歴史ある名木、例えて言えば“桜界のスター”たちが揃うのが特徴。一の鳥居から二の鳥居に至る長い参道の右手に、まずは樹齢150年の紅八重枝垂れ「斎王桜」、早咲きの「御所桜」「馬出しの桜」「鞭打ちの桜」「風流桜」等々、それぞれいわくありげなスター達が並びます。そして二の鳥居の先には赤い「みあれ桜」。

 「斎王桜」の“斎王”とは古代から中世にかけて、宮中から神に仕えるために遣わされた未婚の皇女のことで、伊勢神宮と上賀茂神社のみに遣わされたそうです。「御所桜」は、孝明天皇により御所から下賜されたとのいわれから。「馬出しの桜」は、上賀茂、下鴨両神社の祭礼である「葵祭」の際に、この地で賀茂競馬(くらべうま)という古式ゆかしい競馬が行われるのですが、その際に出走の目印になることから。ちなみに、この時コースに「埒(らち)」という囲いが設けられるのですが、勝負の決着が着かないとこの囲いも外されないことから「埒があかない」という慣用句が生まれたそうです。

←写真上から上賀茂神社の斎王桜、見事な色彩のコントラスト、参道で満開の桜、上賀茂神社楼門

 「鞭打ちの桜」は、拷問とかSMの話ではなくて、競馬の際に馬にムチを打つタイミングの目印とのこと。「風流桜」は、葵祭の際にこの桜を目印に風流傘と花傘が並べられることから。最後の「みあれ桜」は、葵祭に先立つ神事、「御阿禮」(みあれ)の際、この下を神幸することから名付けられたようです。以上、スター桜のご紹介はこれにて終了(パチパチ=拍手)。

 今が盛りと咲き誇る参道の桜の下では、家族連れが楽しそうにお弁当を広げています。いいなぁ、世界遺産でお花見。心地よい風も吹いてきて、なんだかとてもゆる〜い雰囲気。こちらの桜は赤、白、ピンクと色分けされて植えられているので、コントラストが鮮やか。あっ、もちろんお参りもしましたよ。何しろ日本最古の神社のひとつですからね。境内に流れる清流・御手洗(みたらし)川が印象的でした。この御手洗川、下鴨神社にもあるのですが、それが「みたらし団子」のルーツだって知ってました?

チューリップと桜の競演

 次に向かうのは上賀茂神社からすぐ南、総面積24万平方メートルを誇る広大な植物の楽園、京都府立植物園。ここには何と約1万2000種類の植物があるんですよ!! 何しろワタシ“春花きらら”ですから、ここまで来たら春の花はしっかりと見ておかないと!

 意気込みもほどほどに、いざ園内に入ると、まず目に飛び込んできたのは一面、真っ赤に咲いたチューリップ! これは圧巻でした。こんなに綺麗に揃っている大量のチューリップを見たのは生まれて初めてで、鳥肌が立つほどの美しさ。チューリップの先には近代的なガラス張りの温室があり、まるで外国映画のワンシーンを見ているようでした。

 こちらの一押しポイントは、本来なら咲く時期が違う桜とチューリップが同じ時期に同じ場所で楽しめること。そして、同様に時期が違うはずの桜、桃、梅が同時に見られること。しかもさまざまな品種をいっぺんに! 加えて広い敷地内にこれでもかと桜が咲き、桜以外にも春の花々がまさに百花繚乱状態。その下で思い思いにレジャーシートを広げる家族連れやカップル。こちらはこれまでの花見スポットとはまた違う雰囲気で、小さいお子様が走り回ったり、夫婦がお互いのお花とのツーショットを撮り合っていたり…。よそんちの幸せな風景なんだけど、いつの間にか他人の自分まで幸せな気分に。私もいつか家族を連れてここに来ようっと!!

 植物園の西側を流れる鴨川、その河畔も桜の名所なのですが、植物園側の土手では枝垂れ桜が春風に枝をなびかせ、美しいトンネルを見せてくれます。これは「半木(なからぎ)の道」といって、京都市民憩いの道。こちらも有名観光地ではないので、穴場のひとつです。

写真上から京都府立植物園内の枝垂れ桜、半木の道、「いいちょ」のラーメンとチャーハン→

 本来なら遅咲きの桜として、4月中旬ぐらいが見頃なのですが、この日はすでに満開。東京から“春花”が来たということで、出し惜しみせずにみんな咲いてくれたのかしら。とにかくこの日の京都は、どこにいっても桜一色。一番遅い桜として有名な仁和寺の御室桜も、今年は4月上旬には満開だったそうですよ。なかなかお休みが取れない観光客の人にとっては、日程を押さえる上で早すぎるのも、遅すぎるのも困るでしょうけど、自然が相手だからこればかりはどうしようもないですよねぇ。

これぞ京都ラーメン!

 植物園のあとは腹ごしらえ。今回3度めのお昼ご飯タイム☆ そして今日のお昼もやっぱりラーメン!!! って、どんだけラーメン好きなんだろ。お邪魔したのは植物園のちょうど南側にある「いいちょ」さん。京都を代表するラーメン屋さんのひとつ。早速背脂たっぷりのラーメン(並)をいただきます! 昔は太麺が好きでしたが、なぜか最近は細麺が好きになってきました。そして京都ラーメンといえばやはり九条ネギ! 本当にもう相性抜群。そしてチャーハンも絶品。焦がし醤油の黒い色と癖になる香ばしさ。パラパラで油っこくもなくてぺろりといけちゃいました。ちなみにこの日は全メニュー値上げする直前でラッキー! 最後の日に相応しいご飯タイムでございました。

 お腹がいっぱいになったところで、お城シリーズの大トリ、二条城へ。桜も見頃ということで期待して行ったのですが、何と入城ゲートに長蛇の列。さすが京都を代表する観光地。甘く見てました…。いつ入れるかわからない状況だったので二条城は諦め、とりあえず食後のコーヒーを優先。今回は二条城の南側、小さな通りの、思わず通り過ぎてしまいそうな場所にある「二条小屋」さん。実は駐車場の敷地内にあるのです。ちっちゃな古民家をほぼそのまま残した外観に、店主のこだわりが感じ取れます(笑) 聞けば70年前くらいの建物だそう。店内に椅子はないので、みなさんコーヒーを飲んだらさっさとお帰りに。ヨーロッパによくある「コーヒースタンド」の形式ですね。

 それにしても、何をするでもなくただ店主こだわりのコーヒーを飲みにくるだけ。店主もお客もなんて粋なんだろう。憧れちゃうなぁ、なんて考えてる間にブラジル産・サントスの深煎りが出てきました。淹れてるのをずっと見ていましたが、コーヒーを淹れたことがない私は、プロはこんな風に淹れるのかと、少し勉強になった気が…。人それぞれの淹れ方があり、蒸らす時間もそれぞれなのだそうですが、こちらの店主は20秒から30秒だとか。私もこれを機にドリップコーヒー淹れてみようかしら。

心あらわれる疎水の桜

 カフェを出て二条城近くの神泉苑へ。ここは京都を代表する隠れたパワースポットなのだとか。この際、ぜひともパワーをわけていただきたい! もちろん、お花見の穴場でもあるんですよ。大通りから一歩踏み入れると全く別の世界に来た感覚。ここは異次元? と思わずにはいられませんでした。この神聖な空間に来られたことに感謝しつつ、法成橋へ。この神泉苑の中でももっともご利益があるそうで、案内板に従って一つだけ願いを念じながら橋を渡り、善女龍王杜にお参りしました。願い事はモチロン内緒です(笑) 

←写真上から「二条小屋」、神泉苑、疎水沿いの桜並木

 こちらは二条城に近いというだけで、前もってリサーチせずに行ったため、苑内全ての社にお参りはしたものの、どういった由緒があるのか気になってその後調べてみたら、興味深い伝説があったんですね…。次回からは事前にいろいろ下調べしてから行くべきだなと、勉強不足を痛感しました。歴史あるところは特に大切ですね。

 そして今回の桜ツアーの最後は、まさに穴場中の穴場、川端通りを東に入った、丸太町通と二条通の間、蹴上から流れてきた琵琶湖疏水が鴨川に流れていくまでの疎水沿いの道。本当に見事な桜なんです。しかも市街地にある普通の道路だから見るのは無料。こんな美しい道を毎日散歩できるなんて、本当に京都の人がうらやましい。

 途中には水道局の貯水池があって、水鳥たちが優雅に泳いでいます。この貯水池から一気にダムのように水が流れ落ちるポイントが今回のベスト! 桜と滝の競演、そしてエメラルド色の水。まるで深山幽谷で撮ったような、神秘的な写真が撮れますよ(ツイッターにアップしたので見てくださいね)。

 というわけで、今回も日本の歴史を身近に感じ、日本の桜を目いっぱい堪能し、美味しいご飯も食べ、大満足な旅となりました。お花見は仕事を始めてからなかなか行く機会がなかったけど、チャンスは一年に一度しかないのだから、もっと楽しまなければ損ですよね! 関西に何年も住んでいたのにこれほど素晴らしい場所を知らなかったなんて、ずいぶんもったいないことをしてたなぁ…と振り返って悔やんでます(笑) 

 それはさておき、現代の私たちですらこんなに心がワクワクするのだから、昔の人は、今のように娯楽がなかった分、厳しい冬を越した後で見る桜は、どれほど愛おしく、どれほど楽しみだったことでしょう。俗世界とは縁を切ったはずの西行法師も、春になると吉野の桜が気になって気になって、自分でも呆れるほどだと書き残しています。そんな西行の美しい歌を最後に、今回のレポートはお別れです。また次回をお楽しみに!(おわり)

 ねがはくは花のもとにて春死なむその如月(きさらぎ)の望月(もちづき)のころ