第二章:茶人たちの宇宙〜お茶と芸術

晴明と利休の不思議な関係

 次のテーマは「芸術としてのお茶」。茶の道と書いて茶道と言うくらいですから高尚なテーマですよねぇ。茶道って言うと、表千家とか裏千家とかがあって、それぞれに細かい作法があって…。ワタクシが知っているのはその程度で、一応宝塚時代にお茶の作法についてもひと通り習ってはいるんですけど、そんな記憶もすでに遠い霧の彼方に…。

 そんなわけで、千利休さんについての詳しい説明は「人生は二度ある」の蔵三さんとなぎさちゃんにお任せ。ワタクシはもっぱら利休さんの足跡をたどるレポーターに徹しようかと思いますの。にょほほ (^^ゞ

 まずご紹介するのが上京区の堀川通沿い、西陣織会館の近くにある「晴明神社」。晴明神社ってあの『陰陽師』の安倍晴明を祀った神社でしょ? 利休とどう関係あるの? って思ったアナタ、なかなかスルドイ、というか結構物知り。ちなみにワタクシは利休さんどころか安倍晴明さんについても良く知りませんでしたぁ。にゃは (ΦωΦ)

 安倍晴明さんは平安時代に活躍した陰陽師。陰陽師っていうのは凄く簡単に言うと宮廷の占いや儀式の専門家なんですけど、この人には超能力者としての特別な力があって、その力で、呪われて殺されそうになった人の命を助けたり、式神という鬼を手足のように操って情報収集したりと、いろんな伝説が残っているそうです。

 ワタクシはオカルト的なこわ〜い話には超敏感なので、スタッフさんが語る「この近くにある一条戻り橋は、昔から嫁入り前の女性が絶対わたってはいけないと言われている」とか「星形の『桔梗紋』には不思議なパワーがある」とか「晴明神社の御札は鬼門封じに最高だ」とかいったオタッキーな話はほとんど聞き流そうとした(その割によく憶えてますが)のですが、唯一興味をもったのが「この神社の宮司さんは京都最高の占い師と言われている」という話。

 なんでもこの神社のご近所では、子供が生まれるとここの宮司さんに名前をつけてもらうのが習慣のようになっていて、占いや相談は予約不可で常に待ち合い室に人が溢れているとか…。ホントかなと思って、社務所を覗いて見たら、ホントでした!

 晴明さんの話が長くなってしまいましたが、実はこの神社のある場所に、かつて利休さんの屋敷があったということなんです。ここには「晴明井」という霊験あらたかな? 井戸があって、利休さんはこの井戸で水を汲んでお茶を点てていたのだとか。もしかしたら利休さんも「晴明パワー」をお茶に取り込もうとしていたのかも。ちなみに、表千家会館や裏千家今日庵、茶道資料館といった現代茶道の本拠地もこの近くにあります。

「元祖」と「本家」?

 利休さんゆかりの地として次にご紹介するのが北区紫野にある大徳寺。侘び茶の創始者と言われる村田珠光、武野紹鴎を始めとして、お茶の世界や関係者とは深〜いつながりのあるお寺。そして、利休さんの木像が三門の楼上に置かれたことが、太閤さんの逆鱗に触れて切腹を命じられる原因となった因縁の場所。

 あの「とんちの一休さん(一休宗純)」もこのお寺出身なんですね。こちらの名物で大徳寺納豆という、糸を引かない乾いた納豆も一休さんが伝えたものだそうです。ちなみに、この納豆を使ったお菓子(カヌレ)を作っているカフェ(カフェ ドゥ モン)でこの日はお昼ごはんをいただきました。野菜たっぷりで、いろんな種類のお惣菜を少しずつ食べられるので、ヘルシーで大満足のランチでしたよ。

 このお寺にはたくさんの塔頭(たっちゅう)という小さなお寺があって、それぞれに立派なお庭が会ってご住職もいらっしゃるとか。まるでお寺の団地みたい。この季節にはふだん公開していない塔頭の特別公開もあるので、興味のある方はぜひ見に行ってくださいね。

 三門や法堂(はっとう)を横目にどんどん奥の方に進んでいくと立派な竹林があって、そこをさらに抜けていくと道路に出て、右手に大きくて鮮やかな赤い門が見えます。これが今宮神社、別名「玉の輿神社」の楼門です。西陣にあった八百屋さんの家で生まれた「お玉」さんが3代将軍家光の側室になり、5代将軍綱吉の生母・桂昌院になったというのが「玉の輿」の由来なのだそうですが、そのお玉さんが信仰していたのがこの神社なのだそうです。

 ワタクシのお目当てはその「玉の輿」にあやかることではなくて、この神社の参道にある2つの名物「あぶり餅」屋さん。ひとつは『かざりや』さん、もうひとつは『一文字屋和助』さん。一方は「本家」、もう一方は「元祖」と一歩も譲りません。しかも平安時代の創業で400年以上も続いているとか。スイーツに詳しいスタッフさんに「どっちが美味しいの?」と聞いたら「どっちでも同じ」だって…。

芸術家たちの夢の跡

 大徳寺からさらに北に向かった先に、「鷹峰(たかがみね)」という丘陵地があります。ここには今JR東海のCMで話題の、丸い窓と四角い窓がユニークな「源光庵」や吉野大夫ゆかりの「常照寺」といった紅葉の名所があります。テレビで見た「源光庵」にはこの機会に行ってみようと思ったのですが、スタッフさんの「あの寺の天井は有名な“血天井”なんだけど、舞風さん、大丈夫?」という話で即決しました。「絶対ムリ!」

 鷹峰での本当のお目当ては「光悦寺」。江戸時代初期の書家、陶芸家、マルチ芸術家、そして超一流の茶人でもあった本阿弥光悦さんのお屋敷跡に建てられたお寺です。光悦さんの家業はもともと刀の研師だったそうなのですが、そこから派生して刀剣の鑑定をするようになって、財を得たのだそうです。

 その頃の鷹峰はかなり治安の悪いところだったそうですが、徳川家康公からこの地の広大な原野を拝領した光悦さんが、一族縁者を引き連れて移り住んで以来、光悦さんを慕う芸術家や豪商も引っ越してきて、京都の芸術・文化の一大拠点「光悦村」が出来上がったのだとか。

 そんな芸術家達の夢の跡「光悦寺」は、もみじに囲まれたエントランスから息を呑む美しさ。もみじもうっすら色づき始めていて、もうすぐ訪れる美しい季節の変化を期待させます。敷地内には大虚庵、三巴亭、了寂軒、徳友庵、本阿弥庵、騎牛庵、自得庵と茶室が7つもあって、それぞれが個性的。

 お庭の中ほどには有名な「光悦垣」があって、その前にあるもみじはすでに鮮やかに色づいていました。さらに奥へと進むと、鷹峯、鷲峯(わしがみね)、天峯(てんがみね)という3つの山を借景とした秋の風景が一気に広がります。あ〜、来てよかった。

 スタッフさんによると、以前はあまり観光客が来ないお寺だったけど、近年は秋になると車が通行止めになるくらい人が増えてきていて、源光庵人気の今年はさらに増えるのではないかとのこと。今年はもうムリかもしれないけど、ここに来るなら10月末か11月の始めぐらいがおすすめですよ。静寂の中で色づき始めた紅葉のグラデーションも味わえますからね。<第三章へ>