第ニ章:香るコーヒー、踊るスイーツ

茜屋珈琲店と伝説的オーナー

 神戸のカフェ、その歴史を語るときに絶対にはずせないのが三宮にある日本初の高級喫茶店、茜屋珈琲店である。そしてその伝説的オーナー・船越敬四郎と二人三脚で戦後のコーヒー文化をリードしてきたのが萩原珈琲株式会社の創業者、萩原三代治だ。荻原はコーヒーの輸入が再開された昭和25年、パン職人が薪で美味いパンを焼くのを見て豆の焙煎に木炭を使うことを思いつく。これが炭火焙煎コーヒーの始まりである。

写真上からウエッジウッドの器に注がれた茜屋珈琲店のブレンド、往時を偲ばせるシックな店内→

 しかし、炭火焙煎はガスに比べて手間もコストも格段にかかる。経営にとってはマイナスだが萩原は決して妥協しなかった。その姿勢に賛同し、荻原の豆を買い続けて味の違いを浸透させたのが船越敬四郎だった。茜屋珈琲店は昭和41年創業。神戸大建築科卒のサラリーマンだった船越は結核で10年もの間闘病生活を送り、その後「夫婦二人でもできそうな、それでいて風雅な仕事」という理由で三宮で喫茶店経営を始める。

 しかし、この店はあらゆる点で型破りだった。カウンターのみの小さな店だが、コーヒーの値段は他店の倍。この時代に一杯995円というコーヒーや、後に9,900円という超高額コーヒーまでメニューに載せている。大倉陶園を始めとしてブランド物の高級カップを何客も揃え、一枚板のカウンターや茜色のカーテン、深く彫った金文字の看板など高級感のあるインテリアは高級喫茶の必須アイテムとしてその後多くのフォロワーを生んだ。釣り銭が必ず新札というのも、顧客の心をくすぐった。

今も生きる“船越イズム”

 軽井沢に支店を設けると、そんな船越の強烈な個性が、避暑で訪れた各界の著名人に愛され、茜屋珈琲店は「店主が客を選ぶ店」として有名になる。客として選ばれることがステータスになるという発想は、今考えれば極めて現代的なブランド戦略と言えよう。評判を聞いて訪れたジョン・レノンとオノ・ヨーコ夫妻を「薄汚い格好だから」と追い返したというエピソードは、今では伝説となっている。

←写真上から山小屋風のにしむら珈琲店本店、にしむら珈琲店北野坂店のエントランス、特徴的な厚手のコーヒーカップ

 その茜屋珈琲店は船越亡き後も三宮のサンセットロードで営業を続けている。神戸市内だけでなく“暖簾分け”した店が全国にあるようだが、“船越イズム”が今でも感じられるのは雑居ビルの2階にひっそりと佇むこの三宮の店。あまりにひっそりしすぎて、なかなか見つからなくて困ったが…(わざわざ追いかけてきて場所を教えてくれた駐車場のお兄さん、ありがとう)。

 上の階ではいかにも繁華街らしく、カラオケの絶叫が漏れていたが、重い扉を開け、店内に入るとそこは別世界。クラシック音楽が控えめに流れる中、熟年のご夫婦が淡々と仕事をこなしている。この日はブレンド700円を注文。奥様が優雅に淹れたコーヒーがウェッジウッドのカップに注がれる。これがもう、久々にガツンと来る美味さ。この感覚は京都の「六曜社地下」や「喫茶葦島」以来である。

 その後はしばしご主人とコーヒー談義。「萩原の豆」は今も健在で、在庫せずに常に上質な豆を提供するため、炒りたての豆をわずか100グラムだけ持ってきてもらうこともあるとか。そういう注文に応えてくれるのも「長年の信頼関係があるから」とのこと。船越、萩原のコーヒーにかけた情熱は今でもこの店で生き続けている。

時間の止まった北野坂

 神戸のコーヒー文化を語る時、もうひとつはずせないのが昭和23年創業の「にしむら珈琲店」。神戸市内のいたるところに支店があり、神戸カフェの代名詞と言ってもいいだろう。創業者の川瀬喜代子は京都の商家出身。終戦後に焼け跡で雑貨店を開業し、そこで京都の菓子を売ったところ、店先で食べていた顧客がコーヒーでも出せば? と提案したところから喫茶店がスタートした。

 その後日本で初めて自家焙煎を開始、ストレートコーヒーの提供や店頭で豆を売り始めたのも「にしむら珈琲店」が最初だという。今では当たり前のことだが、それをコーヒーの専門家ではなかった雑貨店店主が考えだしたのだから驚くほかない。

 この店に初めて訪れたのは6、7年ほど前のこと。観光で北野坂をブラブラ歩いていた時に偶然見つけたレンガ造りのシックな洋館、それが「にしむら珈琲店北野坂店」だった。

 その時の印象が強烈で、薄暗い照明に浮かび上がる使い込まれた調度品、そして時間が止まったかのような圧倒的な静けさ。まるでヨーロッパの古城を訪れたような感覚に包まれる中、動くクラシックドールの如き美しきメイド服の女性がにこやかに迎えてくれるのだからたまらない。その女性いわく「以前は会員制の喫茶店だったのですが、震災があってからは一人でも多くの方にコーヒーを味わっていただきたくて、一般の方にも使っていただくことになったんです」。

 会員制の喫茶店(2階はフランス料理店)というユニークな発想が、今から30年以上前に実現していたこと自体驚きだが、震災後に開放したというエピソードも泣かせる。今回の再訪では以前のような女性に会えなかったせいか、若干神秘性は薄らいだものの雰囲気はあの時のまま。有田焼のカップも、飽きのこないスッキリしたブレンドの飲みくちもそのままだった。

元町と芦屋の「甘い生活」

写真上からユーハイム本店、「観音屋」の観音像、名物チーズケーキ、芦屋アンリ・シャルパンティエ本店、目の前でカラメルソースを調理するワゴンサービス、アイスクリームをクレープで包んだデザート→

 歴史だの文化だの固い話が続いたので、ここいらでちょっとコーヒーブレイク。美味いコーヒーの伴侶にふさわしい、神戸と芦屋のとろけるようなスイーツ達をご紹介しよう。

 まずは放香堂と同じ元町商店街にある「ユーハイム本店」。ユーハイムといえばなんといってもバームクーヘンが有名だが、店内でいただく神戸牛のミートパイも一度は味わいたい逸品。この店の創業者、ドイツ人・カール・ユーハイムの生涯は波乱に富んでおり、戦争と天災に翻弄され、その度に立ち上がって妻とともに菓子を作り続けた不屈の生き様は、機会があればまた改めて紹介したい。

 バームクーヘンほどメジャーではないが、元町商店街には、ここでしか味わえないスイーツがある。そのひとつが「元町サントス」の昔ながらのホットケーキ。今どきのパンケーキとは一線を画する分厚く焼いた“ママの味”。バター、マロン、小倉と3種類あるのでお好みで。

 そして神戸人ならだれでも知っているのが、元町に本店がある「観音屋」のチーズケーキ。ユニークな店名の由来は、地下の入り口付近に鎮座する本物の観音像。なぜ観音像があるのかについては敢えて触れないが、それさえなければごく普通の純喫茶である。チーズケーキと聞いて一般のレアチーズケーキを連想した人は、こちらのチーズケーキを見て驚き、食べてさらに驚くだろう。あれこれ詳しく説明すると興が削がれると思うので、ぜひ実際に現地で味わっていただきたい。ちなみに、空港などのお土産では買えるが、ネットでの販売は一ヶ月半待ちとのこと。

 さて、神戸に来たからには、ちょっと足を伸ばしてでも行きたいと思っていたのが、お金持ちマダムの街・芦屋市にある「アンリ・シャルパンティエ本店」。個人的にはこの店こそスイーツ好きの聖地だと信じており、横浜そごう店で初めて芸術的と言ってもいいデザートを味わって以来、20年以上のファン歴。特に焼き菓子の繊細さは他を寄せ付けないものがある。

 今では銀座店(現在リニューアル中)を始め全国展開しているので、わざわざ本店まで出かける必要もないのだが、そこはファンの悲しさで、どうしても一度は行ってみたかったのである。お目当てはやはりワゴンサービス。クレープシュゼットを考案した料理人の名を冠しているだけあって、カラメルソースを作る際の一瞬の技、グラン・マルニエ(リキュール)が燃え上がる青白い炎は、甘美な陶酔のパフォーマンス。

 この日いただいたのは、中にアイスクリームを包んだ、クレープシュゼットのアレンジ版。できたてにフォークを入れると、固まってカリッとしたカラメルソース、ほんのり暖かいクレープ、冷たいアイスクリームの食感が三位一体となって口の中に広がる。糖尿病患者がそんなもん食っていいのかとお叱りを受けそうだが、この美しい一皿こそ年に一度の贅沢、わざわざ芦屋まで来た甲斐があったというものである。<第三章へ>