第三章:ああ異次元のカフェたち

カフェブームを考察する

 現在「カフェ」と言えば「ああ、あ〜ゆ〜感じの店ね」と、なんとなくイメージできるようになってはいるが、1980年頃「カフェ」と言ってもピンとこない人が多かったと思う。当時は「カフェ」よりも「サテン(喫茶店)」の方が遥かに一般的だった。では、日本でカフェが一般化したのはいつ頃だろうか? 

 まず、オープンカフェが流行ったのがバブル臭を漂わせていた1990年代初頭。ブランドショップが急増し、ヨーロッパ的雰囲気を漂わせた建築物が一気に増えた時期と重なる。カフェは本来路面に面したオープンなスタイルが主流なのだが、高温多湿な日本の気候では、1年中エアコン無しの屋外というのは厳しい。さらに路面に椅子やテーブルを置くことは道路交通法に抵触する部分も多々あったりして、結局は商業施設など限られた敷地内で営業する店だけが自然と生き残っていったように思う。このオープンカフェブームは90年代後半にフェードアウト、その代わりちゃんとした食事が取れるダイニングタイプのカフェが、レストランほど肩肘張らず、定食屋よりはお洒落に食事をしたい20〜30代の若者に歓迎されるようになった。

 こうしたカフェで供される食事メニューは「カフェめし」などと呼ばれ、パスタやピザ、ハンバーガーのような気軽なものから、カレー、オムライスといった喫茶店の延長、さらには玄米や有機野菜を使った健康志向の定食まで、それぞれが個性を主張し始め、多様化していく。インテリアも古ビル、古民家を改造したものやマンションの一室まで、オーナーのライフスタイルや趣味嗜好を反映した店が増えていった。この頃、つまり2000年以降の10年間ぐらいが近年のカフェブームといっていいのではないだろうか。

←写真上から大丸神戸店の一角を占める「旧居留地38番館」ビル、カフェ ラのオープン席、グリーンハウスシルバの入り口、同店の番犬?寅吉君

 カフェブームを後押しした背景には、スターバックスのようなシアトルスタイルカフェの日本進出がある。ドリンクが安く、ラテ中心のメニューが豊富、サイズが選べて持ち帰りもできるし、ソファで長居もできる。店内は全面禁煙だが喫煙可能なテラス席もある。親しみやすい接客と使い勝手の良さがウケて、スタバ=カフェのカジュアル版というイメージが自然に定着した。要するに、これまでの「サテン」が時代にそぐわなくなった部分をすべてカバーしてみせたのがスタバだったのである。スタバの日本1号店は平成8年にオープンした銀座店。その後続々と全国に店舗を増やし、図らずも現在のカフェ林立に至る素地を作ることになる。

「マザームーン」の功績

 さて、話を神戸に戻そう。神戸でのカフェ・ブームの火付け役といえば平成5年創業の「マザームーン・カフェ」と言っていいだろう。スタバが神戸に進出する6年も前の話である。「音楽やファッション、フード、インテリア、空間、そして建築とそれらに関するすべての事柄への探究心は豊かなライフスタイルを送るための重要な要素だと私たちは考えます」というのがマザームーンのコンセプト。こうした考え方は、今は当たり前のように受け入れられているが、当時は斬新過ぎるほど斬新だった。これをまず受け入れたのが在日欧米人たちで、開店当初、顧客の半数を占めていたという。

 「マザームーン・カフェ」1号店は、創業者である木村兄弟がアメリカ西海岸のカフェをそのまま再現したものだったから、幼い頃からカフェ文化に馴染んできた欧米人にとっては、ごく日常的な空間だったに違いない。また、木村兄弟の父親が、神戸で子供服・輸入雑貨を扱うハナノキの経営者であったことから、飲食店に物販やカルチャーを持ち込むことに抵抗がなかったのかもしれない。しかし、そういった分析は今だからできることで、飲食店の専門性や既成概念を打ち破って、新たな商業空間を生み出した功績は大きい。

座ればそこがヨーロッパ?

 前置きが長くなったが、本題である神戸を代表する旬のカフェをいくつか紹介しようと思う。まずはUCCが経営するオーソドックスなカフェらしいカフェ、大丸神戸店の一階にある「カフェ ラ」。美しいテラス席はミラノのカフェをモデルにしたということだが、オープン部分だけを切り取ると、まんまヨーロッパである(屋内部分は割と普通だが…)。考えてみれば、明治から昭和初期の居留地は欧米そのままの街並みだったわけだから、むしろかつての雰囲気を再現したというべきなのかもしれない。ただ、一歩間違えると作り物っぽくなってしまう空間を自然に見せている最大の要因は、隣接する、というより今は大丸店舗の一部になっている「旧居留地38番館」のクラシックな佇まいであろう。

 「旧居留地38番館」は、メンソレータムで有名な近江兄弟社の創業者としても知られるウィリアム・メレル・ヴォーリズの設計で、昭和4年にシティバンク神戸支店として建設されたもの。大丸神戸店はこうした旧建築部分と新建築部分が違和感なく併存しており、街並みとはこうして作るものだというひとつの見本でもある。「旧居留地38番館」の内部もリノベーションされており、ブランドショップやカフェがテナントとして入っている。

写真上から工事中のカフェ フロインドリーブ本店外観、梁とシャンデリアが印象的な天井部分、市松模様の床→

森カフェに教会カフェ

 次にご紹介するのが三宮駅から徒歩3分という立地にありながら、店に入るためには番犬?の前を通り、森の小道を抜けなければならないという奇想天外なロケーションの「グリーンハウスシルバ」。森のなかにカフェがあるというより、もともとあった樹木を最大限に活かしたということなのだろうが、建物は3階建てで、コンクリート打ちっぱなしというかなりの大バコ。2階と3階にはテラス席があり、この店で過ごすなら季節を問わず、このオープン部分が一番だろう。磯上公園のそばに「グリーンハウスアクア」という系列店もあり、こちらも負けず劣らず個性的。アルコールやフード類も充実しており、深夜まで営業しているなど、使い勝手は非常にいいのだが、有名になって観光地化してしまったのが玉に瑕。

 古民家や古ビル、蔵や倉庫などを改装したリノベーション型カフェは全国津々浦々に存在するが、さすがにこれはレアケースだろうというのが「カフェ フロインドリーブ本店」。なんと建物は文化庁の「登録有形文化財」に指定されたヴォーリーズ設計の旧ユニオン教会。カフェの経営母体はベーカリーで、1階はパン屋さんなのだが、このベーカリーがまた由緒ある店なのである。ドイツ人のパン職人ハインリヒ・フロインドリーブが日本女性・松浦ぎんと大正時代に国際結婚して開業したのが始まりで、この夫妻はNHKの朝ドラ「風見鶏」のモデルにもなっている。老朽化が進んで取り壊されるところだったこの教会を、ここで結婚式をあげたフロインドリープ夫妻が買い取ったというのが、教会カフェの由来なのだとか。

 現在、外装を工事中なので建物本来の美しい姿は見られなかったのだが、店内に入ると、その広さと天井の高さに圧倒される。ゴシック風の教会建築を最大限生かしながら、モダンなテイストを取り入れた内装は実に見事。さすがベーカリーだけあって、モーニングセットも美味。ここで結婚式、というのは無理でも、ウェディングパーティーなどは最高だろう。プロポーズの場所としてもふさわしい。相手がいればの話だが…。

←写真上からイーエイチバンク2階フロアからの眺め、重厚なカウンター席、キイトカフェがあるデザイン・クリエイティブセンター神戸の入り口

デートは銀行、工場でランチ?

 お次もなかなかユニークな“過去”を持つお店。海岸通9番地、チャータードビルの一角を占める「イーエイチバンク」だ。店名からわかるように、イギリスのチャータード銀行旧神戸支店を改装したカフェ。年代物の回転ドアや、金庫室(現在は喫煙フロア)など、基本的な配置はそのままだが、針式インジケータに手動蛇腹扉という旧式エレベータや、手作りの波打ガラスなどは撤去されてしまったらしい。

 それでも、古い銀行にしか見られない、手の込んだ豪華さやシックな雰囲気は満喫できる。吹き抜けの高い天井と、大理石張りの壁や床、1階フロアを見下ろすテラスのように作られた2階スペースや、随所に見られる細かい装飾。ビルの設計は旧丸ビルなどで知られるジェイ・ヒル・モーガン。ちょっとゆっくり目のランチというのもいいが、これだけのスペースであればやはりビル全体がライトアップされた夜に訪れてみたい。ゆったりしたソファー席で語らうも良し、ゴージャスなカウンターでグラスを傾けるのも良し。今回訪れた店の中では最高のデートスポットと言えるだろう。

 さて、いかにも神戸という個性派のカフェをいろいろと紹介してきたが、ラストは、そんな中でも際立って個性的な店。その店は神戸税関の向かいにあるクラシックなゴシック建築の1階にある。このビルは輸出生糸の品質検査を行う施設として1927年に建設された(旧神戸市立生糸検査所)もので、大正から昭和初期にかけて神戸港が生糸の輸出基地だったことを今に伝える貴重な遺構だ。現在はデザイン・クリエイティブセンター神戸(KIITO)として新たな生命を吹き込まれている。

 ビルのドアを開けると、正面にゆるやかなスローブが見える。これが「キイトカフェ」のエントランスだ。先に進むとパイプで直線に連結された、何やら大きなストーブのようなものが目に飛び込んでくる。一見しただけでは、それが何の設備なのか、ここが何のためのスペースなのか理解できないだろう。右手に厨房があるので、やっとそこで飲食店であることに気がつくという次第だ。

 見慣れない設備は、実は生糸の品質検査をするための機器。実際にどう使われたのかは全くわからないが…。中央に置かれた大テーブルもソファーも、工場で使われていた備品であったことが、古い管理シールを見ればわかる。検査機器はただのオブジェというわけではなく、上に木製の天板を載せて、ちょっとしたカウンター席に改造している。配管はスピーカーになっているようだ。さすがデザイン・クリエイティブセンターを名乗るだけあって、遺構を少しも無駄にせず、むしろ見事に再生させた手腕には脱帽するしか無い。こういうタイプの店はインテリアだけに偏ってしまいがちだが、料理も手が込んでいて実に美味い。

 さて、ここまでいろいろと個性的なカフェを紹介してきたが、おいしい水、吟味された豆、高い焙煎技術、経営者のこだわりと独創性、魅力的なロケーションなど、さまざまな要素が出会ったことで、神戸のカフェ文化が発達してきたことがおわかりいただけたかと思う。もちろん、新しいもの、オシャレなものに目がない神戸っ子の気質もあるだろう。紹介したい店はまだたくさんあるのだが、さすがに1日で行ける店数には限界があるし、コーヒーやお茶の飲み過ぎで胃が荒れてきた。神戸カフェの魅力はまだ語り尽くせないが、今回はこの辺で勘弁していただこう。但し神戸に関しては、改めて違う観点から取り上げることだけはお約束しておく。<次回に続く>