第1話 宝刀の行方

 「宗清とな。連れは頼朝か。通せ」
 平治の乱以来、一時殺伐としていた六波羅も平穏を取り戻し、早い春を思わせる陽射しが勝者・平清盛を包んでいた。
 弥兵衛宗清は清盛の異母弟、頼盛の家人である。
 尾張で捕らえた源義朝の子、頼朝と共に、二尺七寸ほどの太刀を持参してきた。
「義朝の従者が隠し持っていた太刀を持参いたしましたが、源氏の宝刀、髭切かと思われまする」
 宗清がうやうやしく太刀を差し出した。
 清盛は太刀を一瞥すると、頼朝に尋ねた。
「髭切に相違ないか」
「……」
 頼朝は黙って太刀を見つめている。

 「おそれながらすでに訊問は済んでおります。御曹司は髭切に相違ないと…」
 清盛はかすかに唇の端を曲げた。宗清が頼朝を庇っているように思えたからだ。それに、敵将の子を御曹司とは…。
「その方には聞いておらぬ。そこな御曹司どのに聞いておる」
「相違ございませぬ」少し間を置いて頼朝が答えた。
 清盛は黙って柄に手をかけると鯉口を切り、一気に太刀を引き抜いた。
 乾いた空気の中で切っ先が鈍い光を放った。
「ほう…」
 刃文(はもん)を眺めながら清盛は思った。

 ーー嘘か真実(まこと)かは知れねど、源氏の髭切といえば、かの渡辺綱が鬼の腕を斬り落としたと聞く。
 その後も頼義、義家と受け継がれ、蝦夷との長きに渡る戦いを制した、いわば板東武者の魂。
 名刀と呼ばれるものは血を吸えば吸うほど妖しさが増し、人を惑わす。
 抜けば訳もなく殺戮への誘惑をかき立てる。ゆえに、むやみに抜かぬための胆力が要る。遣い手を選ぶのだ。
 しかし、その妖気というものがこの太刀には感じられない。なるほど、名刀と呼ぶにふさわしい業物ではあるが、この清盛の目は騙されぬ。
 誰かが図って偽物とすり替えたか。或いは、義朝に所縁(ゆかり)の者の仕業かもしれぬ。
 しかし、なぜこの期に及んで頼朝は嘘をつく?
 嘘と知れればただでは済まぬ。それと知りながら、この子は髭切を、源氏の魂を守ろうとしているのか?

 「まことに相違ないか」清盛が再び尋ねた。
 「二言はございませぬ」
 心なしか頼朝の瞳が潤んでいた。数えで14歳の少年には精一杯の抵抗であったに違いない。
 清盛はしばらく頼朝の目を見据えていたが、やがて少し微笑むと、他の部屋にも聞こえるような一際高い声で告げた。
「確かに髭切に相違なかろう。安心せい、源氏の宝じゃ。粗末には扱わぬ」
 清盛は滑らせるように太刀を鞘に収めると、宗清に目をやり「下がって良い。手柄であったな」と労った。宗清が幾分安堵の表情を見せた。


 時は百七十余年前の永延二年、一条天皇の御世(みよ)に遡る。
 春まだ浅い平安京。月はすでに高く、おぼろげに2つの影を照らしていた。
 影の主は、春宮権大進(とうぐうごんだいじん)・源頼光(よりみつ)が郎党、渡辺綱(わたなべのつな)。もうひとりは馬を引く綱の下人、茂助。主人頼光の命で、源雅信の土御門(つちみかど)邸に使いに行った帰りだった。雅信の娘、倫子は若き中納言、藤原道長の妻であり、用向きは、その懐妊祝いを届けることだった。

 「茂助、屋敷はまだか。わしは酔うた」
 「へい。もうすぐで…」

 茂助の吐く息がほの白く、闇に浮かんだ。桃の季節とはいえ、夜ともなればまだ底冷えがする。
 道長邸に向かった時分には、まだ日は明るかった。牛車に積みきれないほどの進物を届けるのが綱の役目だったが、早々に立ち去ろうとするのを雅信の家人に呼び止められ、牛車と牛使いを帰した後に、思いがけない酒宴となった。

 「そなたがあの綱殿か。よい機会じゃ。ぜひともお腰のものを拝見したいものよ」
 腰のものとは、頼光の父、満仲が作らせた名刀「髭切(ひげきり)」。筑前の刀工に打ち込ませたもので、中でも出来の良い二振りのうちのひとつだった。当時としてはまだ珍しい湾刀(反りのある刀)で、科人(とがびと)を試し切りした際、髭まで切れていたというのが銘の由来だ。
 頼光が四十歳になる直前…。
 「かつては天下一の弓取りと言われたこの頼光も、いまではろくに狩もできぬ。この太刀はもはや重荷じゃ。源氏一の武人であるその方が持つが良い」
 その日から、髭切は綱が持つこととなった。 <次回へ続く>