このコーナーのタイトルは最近流行の「ロハス」ではない。「ロハす」である。つまり、ロハのもの、無料のものを大いに活用しようという節約大好きなシニアのためのコーナーである。第2回目のテーマはNHK-BSでハイビジョン版を再放送中のTVシリーズ『シャーロック・ホームズの冒険』。受信料払ってるんだから厳密にはロハではないという声も出てきそうだが、そういう細かい事はさておいて、純粋に作品を楽しもうではないか。



史上最高のホームズ

 近頃なぜかホームズ人気が再燃している。2009年にガイ・リッチー監督、ロバート・ダウニー・Jr主演の映画『シャーロック・ホームズ』がヒットしたのを皮切りに、2011年には続編『シャーロック・ホームズ シャドウ ゲーム』が公開。2010年にスタートしたイギリス・BBC制作の現代版TVシリーズ『SHERLOCK/シャーロック』も爆発的人気を博し、第3シリーズの放送が待たれている。加えて、アメリカCBSテレビでは舞台がニューヨーク、ワトソンが東洋系女性(ルーシー・リュー)という設定のシリーズ『エレメンタリー ホームズ&ワトソン in NY』(WOWOWで放送中)が2012年に高視聴率をマーク。すでに第2シーズンに突入している。

 それぞれがサー・アーサー・コナン・ドイルの原作を大胆にアレンジし、脚本にも映像にも趣向を凝らした新たな“ホームズ像”を創りあげているのだが、そういった“現代版ホームズ”には(たぶん)否定的で、あくまで原作本を“聖典”とする熱心なシャーロキアン達がこぞって絶賛するTVシリーズこそ、ここで紹介するイギリス・グラナダTV制作のシリーズ『シャーロック・ホームズの冒険』である。

 本国イギリスでの放送(ITVネットワーク)は1894年から1994年までの10年間。6シリーズ(題名上は4シリーズ)、全41話が制作された。本来ならもっと続く予定だったが、ホームズ役・ジェレミー・ブレットの若すぎる死(61歳)によって惜しまれながら終了。日本での放送(NHK)は85年から95年まで。露口茂・長門裕之(長門は初回シーズンのみ)の見事な吹き替えもあって、深夜枠の海外ドラマとしては異例のヒット作となった。

 このTVシリーズが何度も再放送され、ホームズ史上の名作と言われる所以は、まず原作の時代設定である19世紀ヴィクトリア朝の風景・風俗・習慣・ファッション等を忠実に再現したことが挙げられる。それまでのホームズ映画、例えば代表的なホームズ役者として知られるベイジル・ラスボーン主演のハリウッド製14作品は、ベーカー街を馬車ではなく自動車が走り抜ける設定で、第二次大戦中に制作されたこともあり、ナチス・ドイツを敵方に仕立てたものまであるのだが、このTVシリーズを指揮したプロデューサー・マイケル・コックスは原作の舞台である100年前のロンドンという原点に立ち返り、その熱の入れ方は「ベイカー街ファイル〜シャーロック・ホームズとワトスンの外観・習慣へのガイド」という1,200項目もの資料集を作るほどだった。

 研究の成果は随所に見られる。例えばロンドン市街だが、石畳の道路を馬車と紳士淑女が行き交うノスタルジックな風景画の世界も、馬車が走れば当然大量の馬糞が落ちるし、それを拾い集める人たちもいる。公爵や伯爵の華麗な大豪邸が登場すれば、娼婦や物乞いが立つ怪しげな街角や貧民窟、阿片窟もある。膨大な資料や実験道具で溢れた“変人”ホームズの部屋も、ハドスン夫人が運んでくる優雅な茶器も、美醜を問わず細部まで原作のイメージ通りに再現されており、まさに動く最盛期の大英帝国・ロンドン図鑑と言っても過言ではない。

 加えて特筆すべきが紳士淑女の華麗なファッションだ。これこそブリティッシュ・トラッドの原点。私など、ホームズやワトスンの着る皺ひとつ無い上質なフロックコートやシルクハット、部屋着や旅行服などTPOに応じた衣装の数々に何度ため息をついたかわからない。女性のエレガントなドレスやアクセサリーも“服装が階級を表す”時代だったことを改めて気付かせてくれる。

 名作と言われるもうひとつの所以は、やはり主演のジェレミー・ブレットだろう。オードリー・ヘップバーンのファンなら『戦争と平和』でナターシャの兄、『マイ・フェア・レディ』ではイライザに恋する貴族役として「君住む街角」を歌っていた美青年を思い出すことだろう。そのイケメン俳優も50歳を過ぎ、役者として脂の乗りきった時期にこの大役を得たことは、生涯最高の幸運であったと同時に、その後10年間、筆舌に尽くし難い重圧があったであろうことは、想像に難くない。

 局側、制作側との軋轢などさまざまな困難に苦しみながらも、ジェレミー・ブレットは評論家、視聴者、口うるさいシャーロキアンなど全ての人たちの期待に応えたと言っていいだろう。特にNHKでの放送時にはことごとくカットされた、イライラを鎮めるためにコカインを打つシーンや、神経質で皮肉屋な側面、時折見せる無遠慮で辛辣な発言など、ホームズの持つ“陰”の部分をさらけ出しながら、完璧な英国紳士としての上品さやウィット、思いやりなども合わせて表現し、ホームズという複雑怪奇な人物像をリアルに表現して見せたのである。

 しかし、どんな難題も解決するホームズとは違い、生身の人間としてのブレットは苦悩に満ちていた。最大の問題は自身の体調管理だった。妻の死に過酷なスケジュールが重なって、躁鬱病が悪化。晩年は精神安定剤の副作用で太ってしまったり、肥大した心臓が原因で呼吸困難になったりと、まさに満身創痍。それでもブレットは周囲の期待に応えようとした。そんな事情から後期のシリーズでは、初期の颯爽としたホームズは影を潜め、ほぼ主役不在のエピソードもいくつか生まれたのだが、最悪の状態でもブレットは体力の限界までホームズを演じることを止めなかったのである。

 さて、コアなファンなら御存知とは思うが、最後にこぼれ話をいくつか披露しよう。ブレットは1980年に舞台でホームズではなく、ワトスンを演じている。ちなみにこの時のホームズ役はチャールトン・ヘストン。また第31話『ショスコム荘』で馬の世話をする青年としてチョイ役で出演しているのがロバート・ダウニー・Jrの映画版でワトスンを演じたジュード・ロウ。そして、ホームズとワトスンと言えばホモセクシャルを連想させるキャラクターとして語られることが多いのだが、実はジェレミー・ブレットはバイセクシャルで、結婚して息子もいたが、ゲイリー・ボンドやポール・シナーといった男性俳優とも恋人関係にあったと言われる。ファンにとっては幻滅かもしれないが、私は昔からブレットにどこか倒錯した色気を感じていて、その事実を知って妙に納得したものである。