各地に残る昭和の香りが残る街並みや飲食店を紹介し、無形・有形遺産、国宝級、重文級といったテキトーな評価で「昭和遺産」として認定するこの企画。とはいえ、すべてこちらで勝手に決めつけているので、いつ何時クレームがつくかわからない。しかしそこはそれ、懐かしい時代への郷愁と愛情という風にご理解いただいて、関係者の皆様、穏便にひとつ、お願いいたしマス。<(_ _)>

ガラス扉の奥に何が?

 まだ半スボンを履いてランドセルを背負っていた頃の話。通学途中に謎の店が2つあった。ひとつはスナック、もうひとつは喫茶店。

 スナックは営業しているのかいないのか全くわからず、例の歌に出てくるような「白い扉」ではなくてスモークを貼った「黒いガラス扉」だったのだが、そこからはなぜかいつもカレーの匂いがした。これは育ち盛りの腹ペコ少年には結構堪えた。「スナックってカレーを食べるところなんだろうか?大人になったら行ってみたいなぁ…」そんな事を本気で考えていた。無邪気というよりお馬鹿である。

 喫茶店も同じようなガラス扉だったのだが、そこからはかすかにタバコの臭いがした。店内から中年のおじさんと若いOL風のおねえさんが肩を寄せ合いながら出て来た時、なぜか見てはいけない世界を見てしまったような罪悪感に襲われたものだ。

 それからほどなくして、叔母に連れられ、生まれて初めて喫茶店に入った。家庭内に喫煙者がいなかったせいか、タバコ臭くて目が痛いというのが最初の印象だったが、物凄くアダルトな世界を想像していたせいか、メニューを見た時ホットケーキやらパフェやら子供の好きそうなものがたくさん並んでいることに驚き、「大人になっても子供みたいなものを欲しがるんだ」などと、不思議な感覚に陥ったのを覚えている。ちなみにその時に飲んだのはクリームソーダ。

 思えば、父親を探しに入った駅前のパチンコ店も同じようにタバコ臭くて目が痛かったのだが、そこで大人たちが興じているものは、どう見ても「子供の遊び」にしか見えなかった。そこで私は「大人になるということは、誰にも叱られずに甘いモノをたらふく食べたり、パチンコのような楽しそうな遊びを堂々とやってもいいということなんだ。ああ、大人っていいなぁ」と、勝手に思っていた。まぁ、ある意味間違ってはいなかったのだが…。

二分化した喫茶店

 ランドセルが手持ちカバンに変わり、バス通学から自転車通学に変わった頃、スナックはいまだ謎の存在だったのだが、喫茶店はかなり身近な存在になっていた。ちょうど『学生街の喫茶店』というガロの歌が流行っていて、自分も大学生になったら可愛いガールフレンドと喫茶店に行って、ひとつのグラスに2つのストローをさして、あま〜いミルクセーキかなんかを飲むんだろうな〜などと勝手に妄想していた。

 当時の私は、喫茶店が定番のデートスポットであると信じて疑わない田舎の鼻タレ中学生だったのだが、50〜60年代の若者文化が過去のものになってしまったという内容の『学生街の喫茶店』の翌年に、マスターが古き良き時代を語るというあべ静江の『コーヒーショップで』が大ヒットし、なんとなく喫茶店という存在そのものが、だんだんと時代の潮流から取り残されていくような予感がしていた。

写真上から→「喫茶 古城」の地下に降りる入り口>>同じく「古城」のテーブルとソファー>>「古城」のシャンデリア>>昔からのメニュー、ナポリタンとクリームソーダ>>「ギャラン」のショーケース>>「ギャラン」のエントランス

 図らずもその予感は当たった。大学生になって上京する頃には、すでに喫茶店は二分化していた。物凄くおおざっぱな言い方をすれば、昔風の喫茶店とお洒落な喫茶店の2種類。お洒落な喫茶店はその後「カフェ」というカテゴリーに属するようになり、昔風の店は「純喫茶」というカテゴリーに何とかとどまっていた。

純喫茶って何だろう

 しかし、実際には何が「純喫茶」なのかという明確な定義があるわけではない。看板に表記されていてなくとも「純喫茶」と認識する場合もあるし、表記されてあっても「純喫茶」ではないと感じることもある。

 そもそも「純喫茶」なる呼称が生まれた背景には、「カフェー」や「喫茶店」という看板を掲げながら、夜になるとアルコールを供し、女給さんが隣に座って客がチップを払うという、今で言うクラブやキャバクラのようなスタイルが昭和初期に隆盛を誇ったという歴史がある。ちなみに私の大伯父(おおおじ)は、学生時代にカフェーの女給さんと駆け落ちしながら、後に大企業の役員にまで出世した豪傑であった。まぁそんな話はさておき、そのような店を「特殊喫茶店」、通常の喫茶店を「純喫茶」と呼んで区別するようになったらしい。

 個人的には、昔ながらの営業スタイルを固持し、テレビゲームやPCを導入するなど、安易に小銭稼ぎに走らず、一定の品格を維持した店を「純喫茶」と呼ぶことにしている。その観点から言うと、ビジネスマンの会合のような商用目的を重視した店は「純喫茶」とは呼ばず、特にコーヒーが美味いとか、タバコが吸えるかどうかということもその基準にはならない。従って珈琲専門店に関しては、私は「純喫茶」とは呼ばない。

 よく、「喫茶店」と称しているのに喫煙不可とは何事か!と怒る輩がいるが、「喫茶」の「喫」は「喫煙」の「喫」ではない。禅語に「喫茶去」とあるように、お茶を飲むことを喫茶、ご飯を食べることは喫飯という。従って「満喫」と言えば思う存分飲み食いすることなのである。とはいえ、喫茶店のほうがカフェよりも遥かにタバコが吸える確率が高いのだが。

アメ横は純喫茶通り?

 まぁ、そういうヲタ話はこのへんにしておいて、本題である「上野・御徒町の純喫茶群」についてレポートしよう。

 アメ横なんかをブラブラ歩いていると、時間が止まったような喫茶店が数メートル〜数十メートルに一軒はある。場所柄、どうしても安売りの店や今風の飲食店に目が行ってしまうのだが、きちんと数えてみると、「純喫茶」カテゴリーに入れるべき老舗が意外なほど多いのに気がつく。

←写真上から>>味のある「丘」の看板>>メニュー写真が色あせて意味をなさなくなっている「マドンナ」の入り口>>「珈琲 王城」の外観>>「王城」のコーヒー>>懐かしいホットケーキ

 「ギャラン」「丘」「王城」「マドンナ」といったところがその代表格だが、アメ横から少し離れた場所にある「喫茶 古城」もゴージャス系純喫茶の王者として欠かすことはできない。こうした店はほとんどが1960年代の創業で、当時の好景気を反映したヨーロッパ調の豪華な内装に特徴がある。

 具体的にはシャンデリア、油絵、ブロンズ彫刻、ステンドグラス、ベロア調のソファー、大理石調のテーブル、毛足の長い絨毯、といった具合である。ただしヨーロッパとはいっても、あくまで「〜調」であって、当時の日本人が考えるヨーロッパのイメージに留まっている。むしろ現代のカフェやバールのほうが本物のアンティーク家具なんかを輸入しているから現実世界に近いのだが…。

 しかし、インテリアが完璧すぎても「純喫茶」とは言いがたい。「喫茶 古城」に「じゃりン子チエ」のような漫画本がフツーに置いてあるように、どこか間の抜けたところがあるのが理想的なのだ。センスが良すぎると、「純喫茶」ではなくて老舗の「カフェ」になってしまうのである。

 そんなどうでもいいことをあれこれ考えながら「喫茶 古城」のナポリタンを食べ、アイスクリームが溶け始めたクリームソーダを飲んでいたら、あまりの甘さに口の中が麻痺してしまった。なんだよこれ! メロンシロップの入れ過ぎじゃねえか! …いや、これでいい。これでいいのだ。料理や飲物が美味すぎてもダメなのだ。少なくとも私の中では…。

 美味いものを食いたかったらミシュラン三ツ星とか食べログ4点以上の店に行けばいい。だからといって本当に美味いかどうかは保証しないが…。コーヒーや紅茶も、味を求めるなら専門店に行くべきである。ではなぜ私は「純喫茶」が好きなのか。それは、時の流れがゆるやかだからだ。

何も変わらないという価値観

 進歩しなければいけない、時代のニーズに応えなければいけない、常にレベルアップしなければならない…。そういう考え方も確かにあるし、間違ってはいない。しかし、人生に疲れたオジサンが日常の中でやすらぎを求めようとしたら、そういう「ワタシ頑張ってます!」みたいな場所には馴染めない(決して「純喫茶」が努力していないというわけではないが)。

 上野というのは、もともと北関東や東北から上京してきた地方出身者が初めて出会う都会であった。上野公園の西郷さんの前で待ち合わせた田舎者同士が気軽に行ける店は、高級レストランや洒落たカフェではない。食事なら今は無き「聚楽台」、お茶するなら「ギャラン」や「丘」のような店が望ましいのである。

 かつての「心の駅」上野も、新幹線の“通過駅化”に続いて、上野ー東京ラインの開始でますます存在感が薄れてきている。そんな危機的状況にあっても、数多くの「純喫茶」が生き残っているのはなぜだろうか。私のような特殊な感性を持った人間がそんなに多いとは思えないし、「レトロな雰囲気が好き」などとほざいてスマホで写真を撮りまくる今どきの若者にも、そんなに支持されているとは思えない。

 結局、こうした店を底支えしているのは、幼馴染や同級生、ご近所さんといった古くからの地元コミュニティーなのではないかと思う。無理をして銀座や六本木の高層マンションに暮らす必要などない。そこにどんな大切なモノがあり、どれだけ大切な仲間がいるのか? 気がついてみたら“裸の王様”になってやしないか? 多少貧しくとも、上野や御徒町のような“血の通った”街に育ち、そこで働き、そこで死ぬ…。人間本来のあるべき姿がそこにあるような気がしてならないのである。


上野・御徒町の純喫茶群「有形文化遺産(指定文化財級)指定」☆☆☆☆
指定理由:何も変わらないことで、実は地域コミュニティーの核になっている。
今後の課題:経営側が高齢化していることを考えると、今後閉店が続くことは覚悟しなければなるまい。